キスより先に進むため
そんなある日、僕以外の家族全員が、沖縄旅行に行くことになったのです。僕はNSC在学中でしたから、旅行なんか行ってるヒマはありません。
思い切って、りえちゃんを誘いました。「よかったら、俺の家、泊まりにこない?」答えは、OKでした。
僕は、自分が奇跡的にかっこよく写っている昔の写真とか、エレキギターとか、かこよさそうなものを目につく場所に展示し、お酒が弱いくせにジントニックを作るためのジンと炭酸水を大量に用意して、りえちゃんを迎える準備を整えました。要するに、痛い二十歳だったのです。
りえちゃんが、本当に家に来てくれました。(なんとかして、キスはせなあかん)
僕の頭は、このことで一杯です。でも、りえちゃんを目の前にして、いったいどうすればいいのかわかりません。
すると、ある名案がひらめいたのです。当時、豊川悦司さんと武田真治さん主演の『NIGHT HEAD』というドラマがヒットしていました。人の体に手を触れると、その人の心が読めてしまうという超能力者のストーリーです。
「俺、超能力者やねん。俺、りえちゃんの体さわったら、りえちゃんの心の中、見えんねん」
「えっ、本当。じゃあ、私の肩さわって。何か見えた?」
「心の中、見えたわ」
「なんて?」
「りえちゃん、俺とキスしたかったかってんな」
その後、僕は飲めない酒をかっと飲みました。なんとかしてキスより先に進まなくてはなりません。でも、無理して飲んだせいで気持ち悪くなってしまいました。しかし、酒に弱いと思われたくはありません。ここが踏ん張りどころです。
「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
僕は平静を装って、なんとかトイレにたどり着きました。そして、そのままトイレの中で倒れて、眠ってしまったのです。
結局、りえちゃんとは結ばれませんでした。翌朝、目を覚ますと、テーブルの上に置手紙がありました。「たのしかったです。またね。りえ」
それからしばらくすると、劇場でりえちゃんの人気が急上昇し始めたのです。当時、若手芸人がネタをやって合格音が流れると一週勝ち抜きになり、五週連続で勝ち抜くと吉本の心斎橋二丁目劇場のレギュラーになれるという制度があったのですが、なんとりえちゃんは、とんとん拍子で5週勝ち抜きを達成してしまったのです。
一方、僕とワダの「ビッグママ」はたったの1週も勝ち抜くことができませんでした。
地獄でした。
大好きなりえちゃんがステップアップしていくことが、僕には耐えられなかったのです。なんて小さな人間でしょう。
りえちゃんとはその後、自然消滅してしまいました。
イラスト・文/チャンス大城
チャンス大城氏写真/朝日新聞出版
その他写真/shutterstock