#1はこちら
#2はこちら
#3はこちら

美しい人のこと

東京に出るとき、東京に住んでいた唯一の知り合いは、NSC13期の同期生だった俳優の三浦誠己君でした。

実を言えば、三浦君が東中野に住んでいたから、僕も東中野にアパートを借りることにしたのです。そして、三浦君の紹介で東中野のセブン・イレブンでアルバイトを始めたのでした。

なにしろ事務所も決まっていないし、完璧に無名でしたから、芸人としての仕事が入るはずもありません。とりあえずはバイトをして、当座の生活費を稼ぐしかありません。

チャンス大城がアルバイト先のコンビニで恋をした、歌を口ずさみながらハイライトを買いにくる美しい人の正体は超有名シンガーだった_1
すべての画像を見る

コンビニでバイトを始めてしばらくたったとき、夜中の三時ごろに、若いお姉さんがタバコを買いに来るようになりました。あごにホクロのある、とても派手なかっこをした美しい人です。

いつも鼻歌を歌いながら店に入ってきては、必ずハイライトを買って帰るのです。僕はそのお姉さんのことを、とても好きになってしまいました。ほとんど、ひと目惚れでした。そして、そのことをシフト・リーダーに告白したのです。

「実は僕、好きになってしまった女性がいるんです。片想いです」

「ああ、あの派手なお姉さんね」

なんとかしてお姉さんと会話がしたいと思った僕は、ある作戦を実行しました。お姉さんが鼻歌を歌いながらカウンターに接近してきた瞬間に、黙ってハイライトを差し出したのです。作戦は成功でした。

「私の銘柄、覚えてくれているんですね」

「もちろんです!」

普通ならアブナイやつだと思うところでしょうが、お姉さんは僕の名札をちらっと見ると、こう言いました。

「お名前、オオシロさんっていうんですね」

「はい、そうです!」

それからお姉さんと少しずつ喋るようになり、ある日、頃合いと見たシフト・リーダーが「二対二で合コンをしないか」と持ち掛けてくれたのです。もちろん、男の二は、僕とシフトリーダーです。

「うーん」

お姉さんは、ちょっと迷っているようでした。

「夏になるまで待ってもらえますか。いま、ちょっとバタバタしてるんで」

いまになって考えれば社交辞令だったのでしょうが、それでもお姉さんは河岸を変えることなく、タバコを買いに来続けてくれました。