臓器摘出施設「黄色い家」

藤原 旧ユーゴスラビア紛争ではボスニアでも人身売買や性奴隷の問題が起きていましたが、コソボにおける臓器密売犯罪については、この本を読むまで私も知らなかったです。人間の臓器という商品はすごく高く売れるし、富裕層のマーケットは国を越えて世界中に存在します。

コソボはその被害者を生んだひとつだった。木村さんが辿り着かれたアルバニアの山中にある臓器摘出施設「黄色い家」の存在がデル・ポンテの告発によって最初に明らかになったときに、ヨーロッパとの距離がある日本が独自に何かできることはなかったのかと思うのです。

<拉致被害者3000人>コソボで起きている“国家ぐるみの臓器密売犯罪”の闇と西側諸国が沈黙する理由_5
臓器摘出が行われていたアルバニア西部山中にある簡易手術施設通称「黄色い家」。「セルビア人やコソボ政府に不服従なアルバニア人たちはこの家に拉致されて頭を撃たれ、臓器、特に腎臓を取られた」(ディック・マーティ欧州評議会委員) 撮影/木村元彦

木村 自分もデル・ポンテの自叙伝で「黄色い家」の存在を知ったときは衝撃でした。空爆終結後、コソボの至るところでセルビア人や新政府の方針に不服従のアルバニア人がこつぜんと姿を消していった。その行方不明者の家族会をずっと取材していたのですが、まさかアルバニアに連れて行かれて臓器摘出をされて殺害されていたとは。これもNATOの空爆によって起きた人道破綻です。

藤原 戦争や紛争は「もう解決済の問題」と国際社会が認めてしまえば、その瞬間から急速な忘却が始まっていきます。旧ユーゴスラビアの地域が人身売買、臓器密売の温床になっているということは、ある意味では戦後、沖縄や朝鮮半島の直面した問題にも通底しています。私たちが78年前に戦争が終わったと、シャッターを下ろした瞬間から始まる悲劇というのは、現代の中でずっとある気がします。

木村 仰る通り、コソボも1999年のNATO空爆が終わった途端に国際社会のシャッターが下りてしまった。セルビアの軍隊がいなくなって、これでもう平和になったとされて、紛争時にあれだけたくさんいたメディアも入らなくなってしまった。それで「黄色い家」などのあらたな民族浄化が起こっていたにも関わらず、24年に渡って報道の空白期間ができている。

そして毎年、3月24日には、空爆を祝う式典が執り行われて、その様子だけを報道していれば、未来永劫NATOが行った軍事介入はコソボ建国の慶事として流通してしまう。当然ながら、こういう式典には被害者であり、侵略された側であるセルビア人は断固として出席しませんが、そこだけを切り取ると、国の祝い事をボイコットする「不寛容な民族」としてセルビア悪玉論がさらに補強されます。

藤原 それは周辺のジャーナリズムの中でしか語られていないので、なかなか話題にならないし、人身売買や臓器密売をテーマにすると、いわゆる経済先進国とか主要国が深く関わっていることが露見します。例えば不公正統治でガナバンスが効いていない地域からの臓器売買や、あるいは難民キャンプにいる少女たちがさらわれて性奴隷として売り飛ばされたり。

これはある意味、それらを必要としている富裕層のいるヨーロッパの犯罪でもあるわけですね。農業で言えば、バナナとかパームヤシとか私たちの生活の中にあるものも、実は奴隷によって作られているという。そういう意味ではグルなんですよね。

コソボでも臓器売買で利益を得ているのは誰かという問いを立てると、見えてくるものがあるのですが、セルビア悪玉論によりかかる西側メディアによって、そうしたものが見えなくされている感があります。