周囲が絶句した栗城さんのツイート

「ガイドにも伝わりますよね、『こいつはニセモノだ』って」死後も登山仲間たちが栗城史多さんを語りたがらない理由_5
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「栗城は泣いて、テンバさんの奥さんに『これからずっと面倒見る』とか言って……たぶんお金も渡したと思うけど。ボクらもこんな経験初めてだから、どうしたらいいのかわからなくて……。そしたら、あいつ、ツイッターで呟いたんですよ……」

これは河野さんも知っているかもしれないけど、と森下さんは私を見た。知らなかった。この原稿に残すのも嫌な言葉だが、ネット民を騒然とさせた事実だそうなので、書く。

「一言叫んでいいですか? うんこ、って。うんこ、たべたい……って」

栗城さんがそう呟いたのはテンバさんの死から4日後の夜だった。その翌日、スマートフォンを手にした栗城さんは森下さんに興奮した口調で言った。

「森下さん、きのうの呟き、すごい反響ですよ!」
「え、なんて呟いたの?」
 
返ってきたその答えに、森下さんは絶句したという。

栗城さんに寄り添って事態を解釈すれば、彼は親しかったシェルパの死に精神のバランスを崩していたのだろう……しかし……。

「そんな隊長についていく隊員なんていませんよね……」

BCの空気は終始重苦しかったという。特に仲間を失ったシェルパたちは皆、沈痛な面持ちだった。森下さんは自分にできることを淡々とこなすしかなかった。

「これはテレビの番組に使われちゃったんですけど、ボクがテントの中に一人でいたとき、栗城のピッケルを磨いてたんですよ。あいつ、ロープとか道具の扱いが昔から雑で、スパッツ(脚絆)とかもボロボロなんですね。厳密に言えば単独の登山で他の人間がピッケル磨くの、アウトなんですけど……。そのときあいつ、何してたか? ……外で凧揚げやってたんです。スポンサー用の撮影かもしれないけど、それにしても……」

森下さんがビールを呷った。ジョッキを空けた後の表情が悲しげだった。

「シェルパにも伝わりますよね、『こいつはニセモノだ』って。『登る気はないんだな』って。これじゃあ彼らとの信頼関係なんて生まれないし、他の日本の登山家の評判まで落としてしまう」

こんなこともあったという。前年に続いて栗城隊のサポートについた通訳のテトさんが、「シェルパから相談を受けたのだが……」と森下さんのところにやってきた。

「栗城の荷物の一部を実はシェルパが預かっている、って。持って上がるよう頼まれたみたいなんですけど、どうしましょう? って聞かれて……そうかあ、ごめんね、これじゃあ全然ソロ(単独)じゃないね、って……」

森下さんは、栗城さんにやんわりと伝えたそうだ。

「プロであるシェルパに、『自分たちの仕事は一体何なのか?』と疑問を抱かせるようなことを、ボクたちは絶対にしてはいけないと思う」

その言葉の意味を、栗城さんもさすがに理解した様子だったという。

文/河野啓 写真/AFLO shutterstock

高卒後にNSC(吉本)東京に進学。栗城史多はお笑い芸人を目指していた!?

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場
著者:河野 啓
「ガイドにも伝わりますよね、『こいつはニセモノだ』って」死後も登山仲間たちが栗城史多さんを語りたがらない理由_6
2023年1月20日発売
825円(税込)
文庫判/384ページ
ISBN:978-4-08-744479-7
第18回開高健ノンフィクション賞受賞作
「夢の共有」を掲げて華々しく活動し、毀誉褒貶のなかで滑落死した登山家。
メディアを巻き込んで繰り広げられた彼の「劇場」の真実はどこにあったのか。

両手の指9本を失いながらも〝七大陸最高峰単独無酸素〟登頂を目指した登山家・栗城史多氏。エベレスト登頂をインターネットで生中継することを掲げ注目を集めたが、8度目の挑戦となった2018年5月21日、滑落死。35歳だった。彼はなぜエベレストに挑み続けたのか? そして、彼は何者だったのか? かつて栗城氏を番組に描いた著者が、綿密な取材で謎多き人気クライマーの真実にせまる。
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