「山なんて楽しくない」と語っていた自撮り登山家
栗城さんには当時恋心を抱く女性がいた。Kさんだ。今は結婚し、東北地方で子育てに追われる毎日を送っている。
「栗ちゃんがグラウンドで野球をしてたんです、空手部の友だちと3人で。『人が足りないから入ってよ』って声をかけられたのが初対面でした。どんな人か? 子どもがそのまま大人になった、っていうときれいすぎるな……自分でも言ってましたけど、変態でしたね」
栗城さんは大学で登山を始めるが、彼が入ったのは、札幌の隣、江別市にある酪農学園大学の山岳部である。札幌国際大学では空手部だった栗城さんは、学友たちに山の話はほとんどしていない。
しかし亀谷さんは一度だけ、酔っぱらった栗城さんが山について語る姿を見たことがある。
「酒飲んでへべれけになった栗城がくだを巻いたんですよ。自分をフッた昔の彼女がなんで山に登っていたのか? 山なんてどこがいいのか? 何が楽しいのか? いくら登ってもわからない、って」
大学2年生の冬だった。栗城さんはDJサークルのメンバーと小樽のロッジに宿泊していた。
「山なんて楽しくない」は酔った末の戯言なのか、本音も混じっているのか……。
「これはビデオにも撮ったんですけど、あいつ酔った勢いで全裸になって、逃げる女の子たちを追いかけ回したんですよ。その当時『ファインディング・ニモ』っていう魚のアニメがヒットしてたんですけど、ニモに会いたい、ニモに会いたい、ニモ! ニモ! って。酔ってるくせに局部がカメラに映らないようにうまく走るんで、笑っちゃいました」
朝になって亀谷さんたちが目覚めると、栗城さんの姿がなかった。しばらくしてロッジに戻ってきた彼の手には、ビデオカメラが握られていた。
「皆で見てみようか、って話になって、再生したら大爆笑でした。あいつ、自撮りしてたんですよ。『おはようございます。これからこの山にニモを探しに行きます』って言って、スニーカーで雪山を登っていました」
自撮り登山家はこの3カ月後、マッキンリーに向かうのだった。