誰も「自分たちが原因で関係が悪化した」とは言わないが、自他の視点の差異に無自覚
園田 改めてになりますが、どうして私たちがこんな研究をやらないといけないと思ったかを少し説明させてください。「日中関係がよくない」と言われていますが、中国サイドは「日本が原因だ」と言い、日本側は「いや、逆だ」と言うだけで、どちらも「自分たちが原因だ」とは言いません。どうして話がすれ違ってしまうのか。
それは、自分が見ている「もの」はわかるけれども「どこから見ているのか」の自覚がないからです。
では自らを振り返ろうと思うときに何ができるのかと私たちは考えた。「自分たちは気にしていない部分だが、こういう人たちはこういうことを気にするのか、だから違う中国が見えているのか」という――たとえば民主主義国とそうでない国では違う見方をしているし、エリート層も国の経済発展度合いによって果たす役割が違うために、中国から経済援助を仰ぎたい国では肯定的になりやすく、中国企業を脅威に感じている国では否定的になりやすい――そういうことをエビデンスとともに示したかったのです。
――「日本から見た中国」と「中国から見た日本」は、どんなところが違いますか。
園田 比べてみると日本側の方が非常にネガティブに振れています。たとえば日本では1970年代から内閣府が「外交に関する世論調査」で、中国に対して「親しみを感じる/感じない」について訊いていますが、「感じる」の度合いは1989年の天安門事件で大きく下がり、そのあとぐっと下がるのは反日デモがあった2005年です。さらに2012年には尖閣諸島問題があってやはり大きく下がる。そのあとはわずかに改善が見られた程度です。
ところが言論NPOによる「日中共同世論調査」を見ていくと、2014年以降に中国側の日中関係への評価で「よい」という回答は、2019年時点で34.3%と2014年より19ポイント以上上昇しています。
――非対称的ですね。中国から見た日本は、今はそれほど悪い印象ではないと。
園田 これにはいくつか理由が考えられますが、ひとつ言えるのは、反日デモは中国の公式メディアではほとんど報道されていないのに対して、日本側は何かあるたびに遡って反日デモのときの映像が使われている、という点です。一般の中国人は2010年代を通じて日本に来る機会が増え、「日本人、いいじゃん」と思う人が増えた。でも日本人はメディア報道やSNSを通じていつまでも反日デモや尖閣諸島問題のことを覚えている。しかし中国の通常の報道からは「日本人は中国に対して警戒している」「怒っている人がいる」という情報は伝わっていない。
中国とフィリピン、中国とベトナムなどでもおそらく同様の問題があります。そして中国で言論の自由、報道の自由が確立されない限り、 この不均衡は解消されません。逆に言うと、たとえば日韓関係をお互い延々と蒸し返せるのは、言論の自由があるからこその衝突とも言えるのです。報道規制の有無によって記録、記憶のメカニズムが国ごとに大きく異なる。この点も「相手の視点」を理解する上では重要なことです。
取材・文 飯田一史