息子さん、娘さんの10歳記念に父子海外旅行へ
ポータルサイトのAll Aboutでは、自らの子育てエッセイを週刊で2年半にわたって連載し、それが『パパのネタ帖』(赤ちゃんとママ社)として2009年に出版されました。長く絶版状態でしたが、今年新たに文庫になって出版されるとのこと。息子さん、娘さんがそれぞれ10歳になったときに行った父子海外旅行についてのエピソードも収録されています。
「学生時代、教育学の授業で“人間のアイデンティティは10歳前後にどんな文化に属していたかに大きな影響を受ける”という話を聞きました。だから子どもが10歳になった時、時代も国境も関係ないところに連れて行こうと、学生の頃に決めたんです。タンザニアのサバンナの真ん中で、息子に、『もしここに一人で置いて行かれたらどうする?』って聞いてみました。食べ物も水もないし、猛獣がうようよしている環境で、どう生き延びるかという質問です。すると、『マサイ族を探す』という答えが帰ってきました。100点満点の答えでした。たくましく生きるって、なんでも自分一人でできるってことじゃない。人に頼れることも大事ですよね。それを実感として理解できたなら最高だと思いました」
娘さんは息子さんほど体力がなかったため、アフリカではなくオーストラリアのタスマニアへ。「それなりに自然と触れ合う経験はできたけれど、街中滞在スタイルで、これが地球だ!と言えるような風景には出会えませんでした。息子とは冒険みたいな旅だったんですけど、娘とはまるでデートみたいな旅になってしまって、常に尻に敷かれっぱなしでした(笑)」。
著書が100冊・累計100万部突破したら、駄菓子屋のおじさんになりたい
「僕はタレントじゃないから、自分自身のことを語るのは好きじゃない」などとときどき気難しいことを言うおおたさんですが、今回の文庫本では、自身の子育てに加え、脱サラしてからの公私にわたるさまざまな葛藤についても書いているとのこと。たとえば、大病をした父親の介護、母親の急逝……。特に会社を辞めてからの数年間は子育てと介護の両方に追われる日々だったと言います。そのなかで、心理カウンセラーの資格を取り、私立小学校で英語を教える夢も叶えます。
「あの時期はほんと必死でしたね。たくさん落ち込んだり、不安になったり、人を憎んだり、自分が嫌になったりしました。そんなたくさんの小さな『傷』が、そのままたくさんの『問い』になって、あのとき、僕の中に貯まっていったんでしょうね。その問いに挑み続けることが、いま、僕の人生のテーマになってます。意志をもって選んだわけじゃないんです。損得勘定をしないで生きてきたら、なんとなくこういう生き方になった」
そうは言ってもおおたさんには必ず達成するつもりという目標があります。本を100冊出して、累計100万部をクリアするという目標です。でももう、すでに8号目を越えました。
「100冊くらい書いたら、『いい人生って何だろう?』『幸せって何だろう?』っていう大きな問いに、ちょっとだけ答えらしきものが見つかるかな、なんて気がしてるんです。わからないですけど……」
さらに、100冊・100万部を達成したらやりたいことがあると、おおたさんはこの日いちばんに目を輝かせて教えてくれました。
「駄菓子屋のおじさんになりたいんです。駄菓子屋さんで子どもたちの小さな社会を眺めていたい。学校の先生よりも、そっちのほうが僕のキャラにはあっていると、今となっては思うし。子育てや教育について100冊以上の本を書いてきたのも、僕が駄菓子屋さんのおじさんになるために必要なプロセスだったんだ!と思える日が来る予感があります。それがすごく楽しみで!」
おおたとしまささんに聞きました
心と身体のウェルネスのためにしていること
散歩、合気道、坐禅
「散歩です。朝は6時に起床して執筆を始め、遅くとも15時ごろまでに終わらせます。その後打ち合わせなどの予定がなければ、5〜10キロゆっくり歩きます。そうすることで体も頭もすっきりして、夜もよく寝られて、翌日執筆に集中できます。脂肪を燃焼するためのウォーキングじゃなくて、むしろどうやったら疲れないで歩けるかを研究しながら歩いています。他人と比べたりしないでただ目の前の一歩をくり返していけば、どんな遠いところへも行けるようになるんじゃないかと思って。42歳から始めたのが合気道です。こちらも運動というより、精神面での鍛錬の意味が大きいです。腰痛が悪化したり、仕事が忙しくなったりでサボりがちなのですが、マイペースで続けています。最近はお寺に通って坐禅もやっています。コロナ前に3年間ほどお酒をやめていたんですが、いまはまた飲むようになっています。食事中は主にノンアルコールで、寝る前にウイスキーを1、2杯いただきます」
インタビュー前編はこちら!
撮影/高村瑞穂