命の対価ともいうべき初任給は7万円…3歳の息子を日本に残し軍歴なしでウクライナ軍に入隊した45歳の日本人義勇兵の肖像
ロシアによるウクライナ侵攻が長期化している。そんな中、軍歴なしにもかかわらず、ウクライナ軍の義勇兵として戦地に赴く日本人男性がいる。ケンさん・45歳だ。なぜ彼は危険な戦場に身を置くのか? 戦場カメラマンの横田徹氏が密着取材した。(前後編の前編)
ウクライナの日本人義勇兵#1
金銭で雇われるのが傭兵、信念で参加するのが義勇兵
昨年2月にロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻が開始されると、日本から多数の義勇兵志望者がウクライナに渡ったというニュースが大きく取り上げられた。
新聞、ニュース番組、はたまた情報番組『ミヤネ屋』までが血眼になって日本人義勇兵を探しだしてインタビューを敢行した。私の6歳になる娘の保育園時代のパパ友でさえウクライナで戦う日本人義勇兵のTwitterをフォローするほど、義勇兵の知名度が上がったのには驚いた。
しかし、「義勇兵」の定義とはなんだろう? 「傭兵」との違いは?
軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏によると、その違いはこうあるらしい。
“主に金銭を理由に雇われるのが傭兵、信念を持って参加するのが義勇兵”
これまでアフガニスタンやシリアなど数々の紛争地を取材してきたが、そこには必ず義勇兵の存在があった。ウクライナ戦争では世界各国から多くの義勇兵が参加しており、彼らが戦う理由を知りたいと思った。
私は今年7月、つい2週間前に激戦が続くウクライナ東部戦線の前線部隊に配属されたばかりだという45歳の日本人義勇兵、ケンさんに出会った。

日本人義勇兵のケンさん
特殊部隊が愛用するOPS-COREタイプのヘルメット、動きやすい防弾プレートキャリアを身につけ、使い込まれたAK74アサルトライフルを手にしたケンさんからは歴戦の戦士の風格が漂っているが、日本では自衛隊に在籍していた経験もなく軍事に関してはまったくの素人だという。
義勇兵のイメージというと、なんとなく強面のタフガイを想像するが、彼の人相からは人生の裏街道を歩いてきたかのような影は微塵もなく、明るくコミュニケーション能力が高いナイスガイだ。ケンさんは平穏な日本で不自由のない人生が送れたはずなのに何故、義勇兵になったのか?

ウクライナ東部・トリエツクで破壊された家
そんなケンさんの義勇兵としての揺るぎない信念と戦火のウクライナに赴くことになった複雑な事情を聞いた。
45歳の日本人義勇兵がウクライナに辿りつくまで
東北地方で生まれ育ったケンさんは高校卒業後、静岡県・伊豆のホテルに就職する。
「当時、付き合っていた彼女がホテルの仲居さんとして就職がきまったので、私も履歴書を送付したら採用となり、調理場に配属されて板前として働きました。」

訥々とした口調で話すケンさん
その後、彼女との関係が破局してしまい彼女が仕事も辞めてしまったので、職場での居心地が悪くなり転職を考えていたところ、同僚から長野のホテルを紹介され、伊豆のホテルを退職し、長野へ移り住むことに。
「長期休暇中、地元に帰省したんですが、実家の近くのサウナでたまたま居合わせた人が出版社で働いていて“教材販売の営業をやらないか?”と聞いてきました。“怪しいな”と思いつつも、後日面接を受けたら次長に気に入られ採用されたんです。そして、長野のホテルを退職した後、そのホテルで仲良くなったカナダ人と2ヶ月ほどカナダを旅してから、その出版社の東北にある支社で営業職をしてました。」
彼のコミュニケーション能力が高い理由が理解できた。また一見、純朴そうで愛されキャラのケンさんから教材を勧められたら多くの人は簡単には断れないだろう。
約5年間、営業として順調に働いていたが、東日本大震災の影響で支社が閉鎖になったことで再び職を失ってしまった。新たに職を探して上京したケンさんは、東京で通訳を企業に紹介をするコーディネーターの仕事に就き、忙しく充実した日々を過ごしていた。
3年半前に結婚し、息子が産まれ、順風満帆の人生だった。しかし昨年の12月に離婚してしまい、独り身になったことで可愛い盛りの息子にも思うように会えず、仕事にも専念できなくなり、空虚感に苛まれたというケンさん。それと同時に、結婚当時からずっと心の奥底で燻っていた戦火のウクライナに行きたいという気持ちが強まっていった。唯一の心残りは日本を出てしまったら3歳になる息子に会えなくなるということだ。
誰もいない部屋でケンさんは毎日、思い悩んだという。
軍歴なしでの入隊
「ウクライナの子供たちが戦争の犠牲になっていることをニュースで見る度に、胸を痛めて少しでも助けになりたいと義援金の寄付をしていました。でも実際に現地に赴いて助けたいという気持ちが強くなり、人道支援のボランティアをしたいと思いましたが、言葉が話せず、コネもないので断念しました。
たまたまとある日本人義勇兵とFacebookでつながり、彼からアドバイスをもらい、義勇兵としてのウクライナ行きを決めました。ウクライナ軍に入隊すると給料も出るということだったので生活にも困らないと思って…」

戦場での唯一の癒しという煙草をふかしながら話すケンさん
それまで貯めていた貯金の大部分を養育費として妻に支払い、ウクライナの隣国ハンガリーのブタペスト行きのチケットを買った。
ブタペストからは陸路で国境を越え、ウクライナ軍傘下の外国人義勇軍部隊の1つであるジョージア部隊を訪ねた。しかし、軍歴もなく外国語も話せないことで入隊できないことを知ったケンさんは、同じ部隊で仲よくなったスペイン人の紹介で第204独立領土防衛大隊を紹介された。
ここでも当初は軍歴がないことで入隊を拒まれたが、スペイン人が説得してくれたおかげで正式に入隊が認められた。部隊の基地はキーウ郊外にあり、司令官の面接を受けてジョージア部隊にいた元ヤクザで50歳のハルさんと、建設業を辞めて義勇兵になった25歳のスズキさん(2人とも仮名)の2人の日本人義勇兵と共に砲兵部隊に配属が決まった。

左から日本人義勇兵のハルさん、ケンさん、スズキさん
「初日からすぐ基礎訓練は始まりました。20代の若者に混じり2kmのランニングをはじめ基礎体力作りをするのですが、部隊で一番体力がなくてキツかったです。人を担いだ時にギックリ腰になってしまいました。射撃訓練ではAK74ライフルをたったの3発しか撃てなかったので今も不安です」
初任給は日本円で7万円
約1か月の新兵訓練を終えた3人の日本人義勇兵はいきなりウクライナ東部戦線に投入されることになり、激戦地のバフムトに近いドネツク州コンスタンティニーウカにある後方基地に送られた。私がケンさんに会った時はまだ前線には行けず基地で待機していた。
ところで外国人義勇兵にはどれくらいの給料が支給されるのだろうか?
「先日、部隊に入って初めて給料をもらいました。日本円で7万円ほどでした。今後、毎月、給料が支払われるようです。そして前線に出ると月に10万円ほど手当を上乗せしてくれるそうで、月給と合わせると最終的にはおよそ30~40万円ほどになります」

左からハルさん、ケンさん、スズキさん
命を賭けた対価が月額30〜40万円という金額に驚く方もいるかもしれないが、私は決して安くはないと思う。フランス外人部隊の中で精鋭と名高いパラシュート連隊の新兵の場合でも、月給が約20万円、戦地に派兵されると手当がついて約40万円ほどだという。
ちなみに私がかつてシリアで出会った自爆ベストを身に付けたイスラム国の戦闘員は菓子が買えるくらいの小遣い程度しかもらえない。むしろ平均月収が7万円にも及ばないウクライナ【※編集部註:2021年5月時点で1万3499フリヴニャ(約5万5000円)】で軍歴のない外国人にウクライナ軍が40万円もの月給を払っていることに驚きを隠せない。
給料の使い道を聞くと、
「軍隊では食事や家賃など生活にはお金がかからないので、ほとんど養育費ですね」
笑いながら話すケンさんに、3歳の息子を愛するバツイチ義勇兵の哀愁を感じた。現在は家族に連絡はとっているのか?
「息子の写真を見ると泣いてしまうので極力、見ないようにしています。元嫁にはたまに連絡してますが、電話で息子の声を聞いたら恋しくなって帰国してしまうかもしれません」
#2へつづく
取材・文・撮影/横田徹
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