「推し」によって広がる現代のアニミズムの世界
本書を読んでまず頭に浮かんだのは、屋久島の詩人山尾三省による『アニミズムという希望』という本だった。喜びを与えてくれるもの、安心を与えてくれるもの、慰めを与えてくれるもの、畏敬の念を起こさせるもの、そういうものは何でもカミであり、現代においてもそれはいささかも変わらない。そして、自己とその対象とが調和して一つに融合したときに、「まこと」であり自分自身であるものがそこに現出する。それを見つけ出していくのが新しい時代のアニミズムだと言うのである。何と本書で言う「推す」という行為と大きく重なるではないか。
「推し」とは好きな対象のイメージをもとに何かを生成する、その世界を現実で体感しようとすることだと著者は言う。そこに今まで気づかなかった自分が現れる。プロジェクションとは「自分の内的世界を外界の対象に映し出す心の働き」だと言う。人間は物語なしには生きられないが、自分で自分を定義できないし、自分だけで物語を作ることはできない。好きな対象を触媒にして自分の表象を映し出すとき、まことの自分が現れ、自分の物語を会得するのだ。
著者は認知科学の立場からそのプロセスを漫画、アニメ、映画、小説、アイドル、歌など実に多様な対象を用いて解説してくれる。心理学者の目で見れば、心が躍る瞬間を契機に自分が変わることも、ノーベル賞につながるような大発見もプロジェクションの作用で説明できる。モノマネやコンサートの演奏者の成功は観客の「推し」に依存している。そしてそれは、他人のために何かをすることが自分の喜びになるという人間の本性に基づいていると言うのだ。
しかし、その利他の心は果たして現代で機能しているだろうか。「虚構を信じる」心が科学技術と結びついて、現代社会を袋小路に追い込んではいないだろうか。プロジェクションが私たちの未来を拓く、という本書の豊かな事例を参照しながら、改めて人間の能力を見つめ直してみたいと思う。