32歳の主人公だからこそ共感できること

「正確に言うと、『夢破れた大人の話』だと思っていたのは僕だけでした。松本先生は、32歳はまだ夢を諦めるような年齢じゃないし、やり直しができる世代だと捉えていたんですね。おそらく同じように感じている読者もたくさんいたのだと思います」(中路副編集長)

主人公の年齢設定が他の作品と比べて若くない点をKazé Franceの担当者はどう捉えているのか。

「32歳はとても若い。カフカが“おじさん”?(笑) まったくそうは思わないですね」(マンソー部長)

「『32歳の主人公』はフランスでは『新しい』と感じられている。抵抗はなかったよ」(ヴァルス編集長)

日本では大学入学の年齢が18、9歳に集中し、22、3歳での新卒一括採用が一般的だ。だが、働いてから大学や大学院に行ってキャリアアップをしたり転職したりすることが当たり前である海外のほうが、作家とより近い感覚で『怪獣8号』の設定を受け止めているのかもしれない。



つまりこういうことだ。

『怪獣8号』は、年齢や性別を問わず広く受け入れられるエンタメを意図して作られた。

日本と同時に世界各国に多言語配信する「MANGA Plus」を通じて、海外の翻訳出版社はマンガの中身を読むこと、その国・地域での反響(数字)を知ることができたことで、意思決定はかつてよりも早く、容易にできるようになっていた。

こうした状況の中で、作品を読んだKazé Franceの担当者はすぐに作品を買い付けた。
そして、今まさにさまざまな世代、多様な嗜好を持つ層に拡大しているフランスマンガ市場の読者を総ざらいできるブロックバスター・タイトルだと判断し、大型プロモーションを実施した。

結果、『怪獣8号』はフランス版コミックス第1巻の初週売上が史上No.1になり、刊行後6か月の累計発行部数でも歴代トップの作品となった。

2022年3月にはイタリアでコミックスが発売され、併せて地下鉄構内での大規模なプロモーションが行われた。『怪獣8号』は、まだまだ世界に広がっていく。


取材・文/飯田一史