東北の小さな田舎町に住む80代男性の自殺
その80代の男性は、東北の小さな田舎町で暮らしていた。数年前に妻に先立たれた後は、経済的な事情でアパートに引っ越して一人暮らしだった。近所には知り合いもおらず、年金で細々とした暮らしをしていたらしい。
そんなある日、男性は玄関で転倒して足を骨折したのをきっかけに次々と体に不具合が生じる。腰を痛める、疾患が見つかる、体力の低下で歩けなくなる……。体のバランスが崩れてしまったのだろう。
隣県に暮らす息子夫婦が心配して訪問介護の手配をした。だが、男性はもともと偏屈な性格であった上に、思い通りにいかないことへのいら立ちによって、ヘルパーと衝突してばかりいた。
息子が聞いた話では、ドアの鍵を閉めて籠城するとか、ヘルパーに包丁を投げつけるといったことがあったらしい。こうなると、ますます孤立することになる。
そんなある日、男性の自尊心を粉々に打ち砕くことが起こる。男性がボヤを起こしてしまったのだ。幸い、大事には至らなかったが、彼にしてみれば自分の衰えを嫌というほど突きつけられた出来事だっただろう。
息子からは「もう一人暮らしはダメだ」と言われ、大家からもアパートを出ていくよう求められた。他の住民から「一緒には住めない」という声も上がっていたようだ。数か月後、男性は別のアパートに引っ越しを余儀なくされることになった。これがショックだったのは間違いない。引っ越しの2日前、彼は包丁で自分の首を切って命を絶ったという。
私の取材に、息子は次のように語っていた。
「地域には高齢者が通えるデイサービスがあったり、小さな行事があったりします。多くのお年寄りはそういうところでストレスを発散しているんでしょうが、うちの父は『ああいうところへ行くのはリッチな人たちだけだ。俺なんかが行っても話すことがない』と言って行こうとしませんでした。格差みたいなものを感じていたみたいです」
高齢者支援において、格差の問題は看過できるものではない。