すでにドラマやCMで活躍している実力者たち

世知辛い現実社会に立ち向かう主人公を直球で描くのが主流の今、映像表現を追究した2作を選出したのもサンセバスチャンらしい。前出のクエト委員は、『宮松と山下』については「わずかなセリフで想像を掻き立てる主人公のキャラクターが素晴らしい」、『なぎさ』は「物語、編集、叙情詩的構成のどれもが型破り」と評した。

監督たちの経歴も共通している。”新人”とはいえすでにドラマやCMで活躍している実力者たち。その彼らが時間をかけて真摯に映画作りに向きあいつづけた結果、ここにたどりついた。

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『宮松と山下』の(写真左から)平瀬謙太朗、佐藤雅彦、関友太郎監督。平瀬監督は『百花』の共同脚本家でもある
©Pablo Gomez

『宮松と山下』を監督したのは、東京藝術大学大学院映像研究科・佐藤雅彦研究室を母体とする監督集団「5月」のメンバー。2012年より同研究室でカンヌ国際映画祭を目指した映画製作プロジェクト「c-project」を立ち上げ、短編『八芳園』(2014)と『どちらを』(2018)は、カンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出されている。

研究活動として企画を出しあい、試作を繰り返して製作するのが彼らのスタイル。『八芳園』は、カンヌで巨匠アッバス・キアロスタミ監督に「最初の5分は最高。以降は冗長」と評されたことを反映し、日本公開時に編集し直した。今回も評判は上々だったが上映後に早速、反省会を開いたという。

「短編を作っても日本ではおきどころがなく、作って終わりみたいなところがある。でもカンヌが『八芳園』を新しい映画の形として受け入れてくれたことで、自分たちが映画祭を目指す理由はそこにあると思った。また今回の上映で、今さらながら観客にちゃんと伝わるものを作っていかなければならないと気づかされ、ようやく”映画とは何か?”がわかってきたように思います」(関監督)

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『なぎさ』の古川原壮志監督
©Pablo Gomez

『なぎさ』の古川原監督は、映像製作の仕事のかたわら、10年前から映画を製作。短編『Birdland』(2019)で第24回釜山国際映画祭に参加した際、ほかの国の新人監督たちと交流して刺激を受けた。以降、短編『なぎさ』(2017)を長編にすべくサンダンス・インスティテュートの脚本ラボや、フィルメックスの人材育成プログラム「タレンツ・トーキョー」に参加して企画を練り上げてきた。

「サンダンスで一緒だったのが、カンヌで新人監督賞として特別表彰された『PLAN75』(2022)の早川千絵監督。タレンツ・トーキョーでは同作の水野詠子プロデューサーと一緒でした。あのふたりがタッグを組んで何年もかけた作品がカンヌで評価されたことで、もっと映画について考えなければと思いました」(古川原監督)

新作企画『The Little Mermaid(仮題)』は、「タレンツ・トーキョー2022」(10月31日~11月5日)が実施する、世界での活躍が期待される企画を選抜する「ネクスト・マスターズ・サポート・プログラム」に選ばれた。古川原監督は、すでに次に向けて動いている。