重要なのは「そのキャラクターに見えること」

2.5次元作品が映画やテレビドラマでの実写化と異なるもうひとつの点は、主役級であっても一般的にはあまり知られていない役者のキャスティングが珍しくないことです。

2.5次元作品にはすでに原作のファンがついているために、スター俳優がいなくとも着実な観客動員が見込めることや、2.5次元作品の制作費と役者のギャラの問題も大きいとは思います。しかし、一般的にはあまり知られていない俳優を起用することは、プロジェクションとしては実に重要な側面なのです。

2.5次元ミュージカルを手がけてきたアニメ・ミュージカルプロデューサーの片岡義朗さんは、2.5次元ミュージカルの役者に求められるのは「キャラに見えること」であって「技量」ではないと言います。演技経験の少ない俳優であっても、それは問題にはなりません。公演を通して俳優が成長していく過程も、鑑賞の醍醐味のひとつとしてとらえられているからです。

2.5次元作品の愛好家でもあるマンガ家のやまだないとさんは、「キャラクターというのは輪郭であり、印象であり、ラインである」と言っています。演者が観客の表象を投射されるスクリーンだと考えれば、片岡さんとやまださんの言っていることはとてもよくわかります。

先ほどの実写化映画やドラマのように、スター俳優がキャスティングされると、多かれ少なかれどうしてもその俳優自身の個性や観客があらかじめ抱いているイメージなどがキャラクターにでてきます。しかし、2.5次元作品では、観客の表象をできるだけ鮮明に投射してほしい、ならば輪郭やラインがしっかりした真っ白なスクリーンが最高です。2.5次元作品にはキャラクターの明確な表象が存在する一方で、演者には「匿名性」が求められているのです。

2.5次元作品では、演者は2次元でのキャラクターの外見的造形をできるだけ詳細かつ忠実に再現します。現実の人間ではありえない髪の色や瞳の色をしているキャラクターに、生身の人間である演者を近づけていきます。ウィッグによるカラフルな髪色や奇抜な髪型、カラーコンタクトによる鮮やかな目の色、原作とできるだけ同じようなデザインの衣装など、可能なかぎりの装飾が演者に施されます。

装飾と同様に重要なのは、立ち姿の身体のラインです。2次元で表現されているそのキャラクターらしさ、それは外見的な造形だけでなく立っている姿や歩き方にも個性として色濃く反映されています。演者はそのようなポーズや動きの特徴をつかみ、2次元の表象を3次元の身体へ投射します。

それは実写化映画やドラマの演者も同様なのですが、2.5次元作品では、実在する人間らしさよりも現実的ではない「2次元らしさ」が3次元において追求されます。3次元に実在していながら、2次元らしさがうまく再現できる演者が、2.5次元作品の俳優として称賛されるのです。

このようなプロジェクションにより、虚構(2次元)のキャラクターが現実(3次元)のなかで立ちあがってきます。その人物(演者によるキャラクター)はまさに虚構(2次元)と現実(3次元)のあいだに存在しており、「2.5次元」とはたしかに言い得て妙だと感心します。

プロデューサーの片岡さんは、2.5次元作品の人物について観客が「マンガから出てきたようだ」と感じるのは「もともと2次元のものが受け手の頭の中で生きているから」と語っています。これは、観客のなかの表象のことを指しているのでしょう。あらかじめ観客が持っている表象が演者に投射されることで「マンガから出てきたようだ」と観客は感じるのです。

2.5次元作品では、キャラクターの表象をできるだけ鮮明にすること、そしてその表象をできるだけスムーズに投射させて観客に気持ち良くなってもらうことを目指しているといえます。キャラクターの表象は、演者によって演者の身体へ投射され、また観客によって演者へ投射されています。

それら個人と他者のプロジェクションが共有されてはじめて、2.5次元作品は成立します。そんな演者と観客による共同作業の魅力があるからこそ、ほかにはないエンターテインメントとして人気を誇っているのでしょう。

文/久保(川合)南海子 写真/shutterstock

「推し」の科学プロジェクション・サイエンスとは何か
久保(川合)南海子
2.5次元のコンテンツは「アニメ・マンガ原作の実写映画」とは何が違うのか_2
2022年8月17日発売
946円(税込)
新書判/256ページ
ISBN:978-4-08-721227-3
認知科学でみる 人間の知性

漫画やアニメの登場人物に感情移入し、二次元の絵や映像に実在を感じる。はたまた実際に出会い触れることはほとんどないアイドルやアーティストの存在に大きな生きる意味を見出す。
これらの「推す」という行為は、認知科学では「プロジェクション・サイエンス」と呼ばれる最新の概念で説明ができる。
「いま、そこにない」ものに思いを馳せること、そしてそれを他者とも共有できることは人間ならではの「知性」なのだ。
本書では、「推し」をめぐるさまざまな行動を端緒として、「プロジェクション」というこころの働きを紐解く。

(本文より)
「推し」に救われたという経験は、「推し」が自分に直接なにかしてくれたということではありません。「推し」によって自分がなにかに気づいたり、自分がなにかできるようになったり、自分をとりまく世界のとらえ方が変わったということなのでしょう。
 あらためて考えてみると、このような自分のありようとこころの変化は、本書のテーマである「プロジェクション」がもたらす事象そのものです。はじめて聞いたという人が多いと思いますが「プロジェクション」とは、こころの働きのひとつで、認知科学から提唱された最新の概念です。
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