最大限に楽しむには「予習」が前提
ひとつは、2.5次元文化の観客には基本として、原作を知っている人(原作のファン)であることが想定されていることです。原作をまったく知らずに2.5次元文化の作品を観ると、その作品世界がよくわからないままおいてきぼりになってしまうことになります。
映画やテレビドラマの実写化作品の多くは、原作を知らない人でもわかるように作られています。しかし、2.5次元文化の演劇やミュージカルといった舞台作品は、原作を好きな人がさらに楽しめることを重視しているのです。もちろん、原作をまったく知らずに2.5次元作品を観てファンになった人もいることでしょう。ですが、そのような人も後でしっかり原作を「自習」して作品世界をより深く理解しようとしているのではないでしょうか。
2.5次元文化の元祖であり、いまも大人気コンテンツのひとつである『ミュージカル・テニスの王子様』の舞台を観にいったことがあります。これは許斐剛さんの人気少年マンガ『テニスの王子様』をミュージカルとして舞台化したものです。
私は物語の概要は知っていたものの原作マンガをほとんど読んでいなかったのですが、そのような状態で2.5次元文化の作品を観るとどうなるのかという実験のつもりで、あえてまったく「予習」をせずにいました。会場でパンフレットも購入しましたが、それも舞台を観た後まで開きませんでした。
そうしてはじまった舞台の上での物語は、あるテニス大会の準々決勝に焦点をあてたもので、私にはそれがどのような状況なのかほとんど把握できませんでした。はじまってみれば、役者の熱演と観客の盛りあがりや巧みな演出で次第に引きこまれ、舞台はとても楽しいものでした。
けれど、そこで私が痛感したことは、もっと情報を知っていたならもっとおもしろかっただろうなあ! という悔しさに近い気持ちでした。観劇の後に、私がパンフレットや原作マンガやSNSにある観劇レポートなどを読みあさったことはいうまでもありません。
私の実験(のつもりの実体験)からわかったことは、2.5次元文化を有意義に鑑賞するためには、観客も事前の準備が不可欠であるということです。つまり、演者が作品世界の表象を持ってキャラクターを演じるのはもちろんのこと、観客としても投射できる表象を備えていることが求められているのです。
私はこの経験を通じて、2.5次元文化における作品とは、演者と観客の双方のプロジェクション(投射)がなされることで作りあげられるということがよくわかりました。
ステージというかぎられた時間と空間でなにを表現するかという時に、2.5次元作品は原作を知らない人へ向けて最初から説明をすることよりも、原作をよく知ったうえでのさらなる楽しみや驚きを追求しているのです。2.5次元作品には、観客のプロジェクションを最大限に活用して、さまざまな意味に彩られた魅力的な作品を成立させようという試みがあるといえます。