遊撃手として公式戦の実績ゼロ
広島東洋カープの球界最古参スカウト・苑田聡彦(そのだ・としひこ)スカウト統括部長の隣でアマチュア野球を見ていた際、こんなことがあった。外野フェンスにはね返ったクッションボールを処理する外野手の動きを見て、苑田スカウトは「内野もできるかもしれないな」とつぶやいたのだ。
現在守っているポジションがすべてとは判断せず、選手の素材を吟味してあらゆる可能性を探る。広島のスカウティングの真髄を見た思いがした。
近年は世代交代期ということもあり低迷している広島だが、2016年からのリーグ3連覇はスカウティングと育成の勝利だった。その象徴的人物が、今季からシカゴ・カブスに移籍した鈴木誠也である。
鈴木は東京・二松学舎大付高から2012年ドラフト2位で広島に進んでいる。当時のポジションは投手だったが、広島は「遊撃手」として指名している。遊撃手として公式戦に出た実績はないにもかかわらず、広島は鈴木の野手としての資質を高く買っていたのだ。
鈴木を担当したのは尾形佳紀スカウトだった。尾形スカウトは当時、現役を引退して3年目の34歳という若手。当初は鈴木のことを投手として見ていたが、二松学舎大付高へ練習を見に行くと印象が変わったという。
「バッティングや走る姿、立った姿勢を見て、『野手のほうが面白いかな』と思うようになりました」
二松学舎大付高の市原勝人監督が日本大の先輩という縁もあり、尾形スカウトは同校と良好なコミュニケーションを重ねていく。広島のスカウト陣には「これはと思った選手は通い詰めろ」という伝統があり、惚れ込んだ選手はとことん視察を重ねる。黒田博樹、前田健太、大瀬良大地といった看板選手は、そんな広島らしい執念が実って獲得できた選手だ。
ただし、いくら担当スカウトが評価しても、ドラフト指名の決定権があるわけではない。スカウト会議で獲得する必要性を編成トップにプレゼンテーションしなければならないのだ。
広島は松田元(げん)オーナーが年間5~6回開かれるスカウト会議にすべて出席し、スカウト陣に「足が速いの、肩が強いのを探してこい」と発破をかけるほどドラフトを重要視している。松田オーナーは有望選手が載った野球雑誌などで独自に情報収集した上で会議に臨み、熱心に質問してくるため、スカウトたちは気が抜けない。
その年、広島は2位で遊撃手を指名する予定になっていた。候補に挙がったのは八戸学院光星高の北條史也(現阪神)と鈴木だった。