明るく優しくたくましい、筑豊の女坑夫

――男女の不平等が問題視されていますが、それに対する怒りも代弁されている?

櫻木 そこはあまり……。例えば、女子大学生が公園で出産して遺棄した事件で彼女だけが刑罰に処されたことや、男性の承認がないと中絶ができない法制度の廃止を求める議論に対する現法相の答弁などには怒りを感じました。
 ただ今回の自分自身の経験に関しては、妊娠はすごくうれしいことで、相手が責任を取るべきだとか、男性はいいなとかはあまり感じなかったんです。だから「相手の男性がひどい」という感想は自分にとって意外なところもありました。そこに対しては、男性が負わされているものも大きいのだろうかと想像しています。

――確かに主人公は喜びを感じていますし、相手の男性の行動の善悪を判断せず、現実を受け止める女性の強さが印象に残ります。その強さを象徴するような筑豊の女坑夫たちを物語に入れようと思ったのも、書き始めてから?

櫻木 書いている最中、まったく偶然に友人で作家の古川真人さんから井手川泰子さんのことを教えてもらい、『火を産んだ母たち』(筑豊の炭鉱で働いた女性たちの聞き書き)を読んだんです。地元のことや筑豊の人のたくましさを書きたい思いが漠然とあったので、不思議な偶然でした。

――ご自分の出身地でもありますが、女坑夫のどこに惹かれたのでしょう。

櫻木 大変なことも笑い事にする明るさに惹かれました。自分が知っている地元の人たちもそうなんですけど、私はタイに暮らしたこともあって、タイに惹かれたのもどこか地元と通じる「地べたの強さ」というか、アジアの強さを感じたからでした。
 タイ人の親友がいて、彼女も寒村出身なのですが、明るくて優しくてたくましい。それが子供の頃に見ていた筑豊の女の人たちに重なりました。

――今作も契機となり『火を産んだ母たち』は約40年ぶりに新装版が出版されたそうですね。

櫻木 新装版の解説を書かれた井上洋子さんが本とお手紙を送ってくださって、『コークスが燃えている』に言及し、再版の後押しのひとつになったとも言っていただきました。また、書いた時は著者の井手川さんと面識はなかったんですけど、後にお会いできて。
 井手川さんは皆の苦しい話を聞いて書いたことに、後ろめたい思いをずっと持っていらしたそうです。でもこの作品を読んで、初めて聞き書きをしてよかったと思えたと、涙ながらにお話ししてくださいました。
 私自身も、井手川さんが聞き取ってくださったおかげでこの女鉱夫たちの言葉に出会え、また、それを書いたことで他の方や井手川さんにそう思っていただいたことに胸がいっぱいになりました。

わからないことを知りたいという思い

――『コークスが燃えている』という題名も初期に決まっており、実は筑豊や地元の女たちのことも無意識に物語の軸にあったのでは。

櫻木 きっとそうですね。けれどラストの一文は、書いていて出てきた言葉です。初稿の時は井手川さんの本の言葉が沁み入ったところで終わっていたのですが、編集者の方に自分の言葉でさらに書くよう言われ、この出来事は自分にとってなんだったのか再度考え、書き進めて、あの一文にたどり着きました。
 作品を書いている間、自分の傷を抉(えぐ)っているような苦しさがあったけれど、書き終わった時は「これが書けてよかった」と思いました。

――ご自身の経験に向き合って表現をする作風ですが、それは社会に何かを訴えたいという思いでもあるのでしょうか?

櫻木 主張したいというより「わからない」ことが元にあって、それが自分にとってなんだったのかを知りたい思いが書くことにつながっています。
 私はショックを受けたり大きな感情が生まれたり、何かで傷ついたりした時、その出来事や感情がなんなのかということがすぐにはわからないのです。すぐに言葉にすることに抵抗があるのかもしれません。
 小説に書きながら考えることで、自分に何が起こったのか、この出来事はなんだったのかを把握している感覚があります。それをわかろうとして書いていると思います。

――書くことで感情に名前を付けている部分もあるのですね。では次作も日常での出来事が物語のタネになっているのでしょうか?

櫻木 今作と地続きの感じで、自分の中での大きな出来事を書いた『カサンドラのティータイム』が「小説TRIPPER」夏号に発表されています。

――やはり日々の思いから「書かなければ」という感情が湧き上がって……。

櫻木 はい。そういうふうに書いてきて、これからも生きていく中で得た衝撃や感触を書いていくと思うので、一生懸命生きていきたいです。

櫻木みわ『コークスが燃えている』刊行記念インタビュー_3
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聞き手・構成=明知真理子 撮影=五十嵐和博

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コークスが燃えている
著者:櫻木 みわ
集英社
定価:本体1,500円+税

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