ハリウッドで定着したナイスガイのイメージ

アカデミー主演男優賞にノミネートされた『ビッグ』(1988)、『プライベート・ライアン』(1998)、『キャスト・アウェイ』(2000)、アカデミー主演男優賞を受賞した『フィラデルフィア』(1993)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)など、彼の出演作の一部を並べただけでも、その功績の大きさがわかります。

人魚と恋をする青年を演じた『スプラッシュ』 (1983) を見たときに、「わあ、おもしろい俳優が登場した」と好印象を持ちました。それ以来、出演作品をほとんど見てしまうほど、不思議な魅力に引き込まれてきました。同じような演技を繰り返し、あっという間にハリウッドから消え去った俳優たちは山ほどいます。ところがトム・ハンクスの場合、どの作品でもナイスガイを演じていますが、決してリピートしているわけではありません。60本以上の出演作の中で、常に違う形のナイスガイを演じ、ファンを飽きさせずにきた。これは非常に難しいことですし、並大抵のことではないと思います。誰にでも好かれる役柄を明るく演じているだけではなく、役を深いところまで研究し尽くしているのです。

トム・ハンクスが『エルヴィス』で演じたのは、キャリア唯一のバッドガイ_c
『フィラデルフィア』ではデンゼル・ワシントン(右)と共演
Photofest/アフロ

『フィラデルフィア』で演じた、ゲイの弁護士、アンドリュー・ベケット役もとてもナイスガイでした。エイズが進行し、死にゆく運命と知りながら、生きたいと願う姿を見事に演じ、ひとつ目のアカデミー主演男優賞に輝きます。まだまだホモセクシュアルへの偏見が強かったアメリカの1990年代。彼自身は、メグ・ライアンとのラブコメ作品で、明るく屈託のないアメリカのナイスガイ像を確立し、人気が安定し始めた頃です。アメリカ社会のエイズに対する無知と偏見と差別を炙り出した『フィラデルフィア』への出演は、もしかすると、彼のナイスガイ・イメージ定着へのチャレンジだったのかもしれません。

当時のことを最近、「ニューヨーク・タイムズ」紙で、こう語っていました。
「僕があの役を演じることが許されたのは、1993年だったからだと思う。今なら当然ながら、ゲイの役をストレートの役者が演じることはない。あの頃はゲイであることを隠さなければ、社会から弾き出されるような空気だった。カミングアウトしている役者もほとんどいなかったしね。僕の“普通の人のイメージ”が、演じる上で役立ったと思う。僕がゲイの弁護士役をやっても、観客は熱愛もしないが憎悪もしない。僕が匂わすナイスガイのイメージは、パーフェクトだったんだと思う」