――デビュー以降も後宮を舞台にした小説を多数発表され、このジャンルにおける第一人者として活躍されています。はるおかさんにとって、後宮ものを描くことの醍醐味や魅力はどういったところにあるのでしょうか。

後宮の魅力は人工的な世界観にあると思います。後宮に仕える大勢の女性たちの頂点には皇后がいて、その下に妃嬪の序列があり、女官たち、宦官たちもきっちりと上下関係が決まっており、苦役に従事する最下層の奴婢に至るまで厳格な身分制度に支配されています。衣食住はもちろん、言葉遣いや立ち居振る舞い、夜伽の作法、日常の細々とした事柄にも身分に応じたルールがあり、その垣根を越えれば厳罰を受けますし、最悪の場合は命を失います。

階級と規則に縛られたこの息苦しい環境はいったいだれのために存在するのか。皇帝ではありません。後宮は皇帝の個人的な欲望を満たすためではなく、皇帝の子を産み育て、王朝の血筋をつなげていくために存在します。ここでは王朝の存続のためなら、人間の自由や権利や感情が踏みにじられても問題にされず、それどころか命すらも道具のように使い捨てられます。きらびやかな衣服を着ている人も粗末な衣服を着ている人もひとしなみに後宮というシステムを構成するパーツにすぎません。彼らは王朝の寿命をのばすために生かされ、あるいは殺されるのです。 

皇后、女官らのきらびやかで残酷な「後宮」――後宮小説の第一人者・はるおかりのにその魅力を訊く その1_1
(『後宮詞華伝』より イラスト/由利子) 

――絶大な権力を有する皇帝ですらも、後宮における歯車のひとつでしかないという考え方は衝撃的です。後宮というシステムは非情でシビアですが、だからこそそこで生まれる人間の感情やドラマが味わい深く、心を揺さぶります。

徹底的に人間性が排除された黄金の牢獄で、人びとは後宮に命じられるまま人間性を完全に失って、精巧な人形としてなにも思わず、なにも感じずに無味乾燥な毎日を過ごしていたのでしょうか。もしそうならば、後宮の人びとにはなんの葛藤も生じず、それゆえいかなるドラマも生まれなかったでしょう。しかし実際には、きびしい掟や身分制度の桎梏にがんじがらめになりながらも、彼らにはやはり人の心があり、人の情があったはずです。歴代王朝の後宮史に残された血なまぐさい事件や涙を誘う美談を見れば、冷酷きわまりない後宮のシステムをもってしても、喜びや悲しみ、愛情や怨憎といった人間らしい情動を人びとから奪い去ることはできなかったのだと痛切に感じます。 

皇后、女官らのきらびやかで残酷な「後宮」――後宮小説の第一人者・はるおかりのにその魅力を訊く その1_2
(『後宮幻華伝』より イラスト/由利子)

後宮を舞台にした作品を書く醍醐味はまさにそういう点――人間性が排除された機巧(からくり)仕掛けの箱庭で、重い手かせ足かせをはめられ、身じろぎすらままならないなか、それぞれの立場で、それぞれのやりかたで、ひとりの人間として生き抜いた人たちの姿を描き出すことにあると思います。

その2へ続く

取材・構成/嵯峨景子 

三千寵愛在一身
はるおかりの
2016年2月26日発売
550円
272ページ
ISBN:4086014599(ISBN-10)
978-4086014595(ISBN-13)
呪われた出生のため、不遇な公子時代を過ごした理鷲。その後、冷酷な王となり、後宮のどんな女にも心を許さずにいた。その理鷲が、政略結婚で花嫁を迎えることになる。相手は、“月宮の天媛”と賞されるほどの美姫・桜霞。婚礼後も頑なな態度を崩さずにいた理鷲も、桜霞の風変わりな性格に触れるうち、次第に惹かれるように…。だが、後宮の罠が次々と桜霞を襲い!? 2010年度ロマン大賞受賞作!!
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後宮詞華伝
はるおかりの
2015年10月30日発売
803円(税込)
文庫判/288ページ
ISBN:978-4-08-601879-1
継母から冷遇され笑顔を失った淑葉のなぐさめは書法に親しむこと。しかし、その能書の才さえも奪われてしまい……。そんな折、突然舞い込んだのは皇兄・夕遼との政略結婚で!? 中華後宮ミステリー!
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後宮饗華伝
はるおかりの
2016年3月1日発売
803円(税込)
文庫判/304ページ
ISBN:978-4-08-601893-7
発売即重版の『後宮詞華伝』と同じ世界観の作品が登場! 都にある天仙菜館で料理人として働く鈴霞は、ひょんなことから皇太子・圭鷹の正妃に迎えられ!? 身代わり花嫁が謎解く、中華後宮ミステリー!
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後宮幻華伝
はるおかりの
2017年3月1日発売
803円(税込)
文庫判/304ページ
ISBN:978-4-08-608030-9
12人の妃を娶った凱帝国の崇成帝・高遊宵は、妃たちを同じ位につけ、床を共にした者から位を上げると宣言。妃たちは必死に皇帝の気を惹こうとするが、ただ一人、科学好きの令嬢・緋燕はその気になれず……。
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後宮染華伝
はるおかりの
2020年6月19日発売
682円(税込)
文庫判/336ページ
ISBN:978-4-08-680328-1
陰謀渦巻く後宮で繰り広げられる、華麗なる中華寵愛史伝、開幕!

栄華を極める凱帝国に、新しく皇貴妃が誕生した。名は共紫蓮。そのつとめは、諍いの絶えない後宮を治めるため、偽りの寵妃となること。
後宮では、理知的な蔡貴妃と妖艶な許麗妃の派閥に分かれ、常に騒動が起きていた。
身重の皇后は気が優しく、妃嬪たちを制御しきれていなかった。聡明さを買われて入宮した紫蓮は、皇太后のうしろだてのもと、なんとか後宮を統率していった。
皇帝たる高隆青とは、男女の愛はなく、職務上の絆で結ばれているのみ。己の責務を必死にこなしながらも、紫蓮は一抹の寂しさを覚えてもいた。
隆青には、かつて深く寵愛した妃がいた。元皇貴妃たる黛玉は、皇帝の寵愛を一身に受けながらも、大罪を犯して冷宮に送られた。だが、いまだに騒動を起こしては隆青の心を煩わせる。そのいびつな関係は、やがて大きな事件へと発展し……。
妃たちの野心と嫉妬、はかない栄枯盛衰。すべては、絢爛たる後宮が見せる泡沫の夢……。
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