大勝軒の味を追い求めた28年半…行列店がたどり着いた「自分の味」
当時はラーメンブームが盛り上がり、テレビでラーメン店が取り上げられる機会も多かった。
「麺屋ごとう」もメディアに紹介され、行列のできる人気店へと成長していく。私が初めて店を訪れた頃には、すでに気軽に入れるような店ではなかった。店の前に並ぶ人々を見ながら、いつ食べられるだろうかと考えたこともある。
当時のお店には、サラリーマンを中心に多くの客が訪れ、立教に通う学生の姿も目立った。長年通い続ける常連も少なくなく、30年近くにわたって食べに来てくれる人もいるという。
「毎週、本当に毎週来てくれる人もいますね」
一杯のラーメンを通じて、店と客との間に長い関係が築かれていた。「麺屋ごとう」のラーメンは、東池袋大勝軒の流れをくみながらも、独自の個性を持っていた。
大勝軒といえば、甘味、酸味、辛味が調和したつけ麺が広く知られている。一方、後藤さんのラーメンは、そうした要素を控えめにし、スープそのものの味わいを感じさせる方向へと変化していった。
「最初は大勝軒の味にしようとしていたんですけど、だんだん自分の好みになっていきましたね」
意識的に大きく変えようとしたわけではない。毎日スープを作り、客に提供し、少しずつ調整を重ねる。その積み重ねの中で、自分が納得できる味に近づいていった。
長年変わらなかったものの一つが自家製麺だ。創業時から同じ製麺機を使い続けてきた。
ラーメン店は、時代に合わせてメニューや価格を変えたり、新しい設備を導入したりすることも多い。その中で、長年使い続けた製麺機は「麺屋ごとう」の歩みを象徴する存在だったのかもしれない。
東池袋大勝軒の教えを土台にしながら、自分の感覚を信じて一杯を作る。その姿勢が、店独自の味を形作っていった。
後編「なぜ、愛された人気店は閉店を選んだのか…店主が語る最後の日々」へつづく
取材・文・撮影/井手隊長













