古い歌謡曲への好奇心が開いたラジオの世界への扉
日常的にラジオを聴くようになったのは、たぶん小学校の5、6年生の頃だったと思います。自分専用の小さなトランジスタラジオを手に入れてからは、常にラジオを持ち歩いていて、寝るときも枕元に置いて聴いていました。
ラジオを聴くようになった理由は、当時、自分が気になっていた古い歌謡曲を聴きたかったからです。その頃、親のカセットテープで水原弘さんの「黒い花びら」に出会い、まだ自分が生まれる前に流行った歌謡曲が、暗いのに妙に沁みるというか、最新の曲よりも自分に合っているような気がしたんですね。
でも、テレビはメジャーな人しか出ていないし、インターネットも無かったので、詳しく知りたくても情報がないじゃないですか。そこでラジオなら、ちょっと昔のマニアックな曲が聴けるんじゃないか、まだ自分が知らない歌手の名前や楽曲に出会えるのではないかと思いラジオを聴くようになったんです。
ムード歌謡の世界と出会ったのもラジオでした。当時はまだ内山田洋とクール・ファイブが現役でしたから、ああいう形態のコーラスグループがあることは認識していたのですが、そこからさらにさかのぼると、和田弘とマヒナスターズや鶴岡雅義と東京ロマンチカがいるというのも、ラジオを通じて知ったことでした。
特にマヒナとの出会いは、当時まだ小学生だった自分が「最高の音楽に出会ってしまった!」と感じたほどの衝撃で。思わず卒業アルバムに「好きな芸能人はマヒナスターズ」と書いて、周囲から浮いてしまったのも、その後の自分の人生を象徴していた気がします。
そうやってラジオでムード歌謡の魅力に目覚め、大好きなマヒナスターズにも出会い、短い期間とはいえ自分がマヒナのメンバーになるわけですから、今振り返ると、すべてはラジオから始まったと言えるかもしれません。
こうした音楽との出会いとともに、僕がハマったのがAMラジオの持つ独特の雰囲気でした。もちろん、当時からFMもあったのですが、僕はFMのクリーンな音質に比べて、AMラジオの音、特に自分が持っていた小さなトランジスタラジオから聴こえてくる、ちょっとくすんだ感じの音質が好きでした。
あとAMの番組って、なんとなくパーソナリティが小さな箱の中からリスナーに直接、語りかけているような雰囲気があるじゃないですか。その声だけで、寂しい気持ちがちょっと薄れるような……。
ちなみに同世代だと『オールナイトニッポン』のような深夜ラジオに夢中になっていた人も多かったと思います。ただ自分の場合は、普段、学校に行っている午前中にニッポン放送で放送していた『玉置宏の笑顔でこんにちは!』とかを、兄のタイマー機能付きのラジカセで録音して、家に帰ってから聴いていたんですね。
そうやって、平日の昼間に大人たちが聴いている番組をあとから時間差で聴いていました。そこで自分の好みの曲を見つけて〝採集〟したり、オリジナルのカセットを作ったりするのも、自分にとっては未知の世界を覗いているみたいな感覚だったのだと思います。













