「イーロンの闇落ち」
2025年初頭、テスラ車のバンパーに“I bought this before Elon went crazy(イーロンがおかしくなった前に買ったからね)”というステッカーが貼られはじめたという。
24年の米大統領選でドナルド・トランプを全面的に支援したイーロン・マスクは、翌25年1月にトランプの第2期政権が発足すると、政府の無駄な支出を削減する「政府効率化省(DOGE)」のトップに起用された。
その直後にマスクは、連邦職員の大量解雇や補助金の取り消しなどを強行して激しい抗議行動を引き起こし、経営するテスラの車もその標的になった。そこで車のオーナーが自衛のために、「マスクがこんなことになるなんて知らなかった」と釈明する羽目になったのだ。
これは一般に、「イーロンの闇落ち」といわれている。
「SNS依存症でネトウヨになった」とか、「金儲けのためにトランプに媚びを売っている」などが批判の典型で、(ステッカーのように)crazyすなわち「頭がおかしくなった」と決めつけられたのだ。
だが私はずっと、こうした安直な解釈に不満だった。人類を火星に移住させようとするマスクは「クレージー」であることを自分でも認めているが、あれだけ賢いのだから、そこにはなにかしら一貫した論理があるはずなのだ。
クィン・スロボディアンとベン・ターノフの『マスキズム 新たな独占の時代』(樋口武志訳/飛鳥新社)の最大の魅力は、一見、支離滅裂にも思えるマスクの言動の背後に確固としたイデオロギーがあると論じたことだろう。
著者のスロボディアンは左派の歴史家、ターノフは左派のテックライターで、マスクにインタビューしたわけではなく、SNSへの投稿などをもとにして、マスクが体現する世界観(マスキズム)を告発する目的で本書を著した。
南アフリカ出身のマスクをアパルトヘイトを支持する人種主義者(レイシスト)と示唆するなど、偏向を思わせるところもなくはないが、興味深いのはそれでも著者たちがマスクに魅了されていることだ。
マスクは2000年にピーター・ティールとオンライン決済サービスPayPalを立ち上げてから、テスラ(EV)、スペースX(ロケット)、スターリンク(衛星インターネット)、ニューラリンク(ブレイン・マシン・インターフェース)などのベンチャーを次々と創業した。
Twitterを買収してXと社名を変え、のちにChat GPTを開発するオープンAIを共同創業し、サム・アルトマンと袂を分かってからは人工知能企業xAIを立ち上げている。
わずか二十数年でこれだけの事業を成功させたことで、マスクはすでにテクノロジー時代の神話的人物になった。著者たちは、スペースXとアメリカ国防省との関係などに触れつつ、その成功の影に国家からの支援があったことを指摘するが、それでもNASAや行政機関など鈍重な組織を敵に回して事業を拡大していく経緯を描くところは英雄物語のようだ。
その意味では、マスクに批判的なひとだけでなく心酔しているひとも(もちろん、マスクが体現するシリコンバレーの思想や世界観について知りたいひとも)楽しく読めるだろう。













