会場からの質問
――立候補者に話しかけることは、畠山さんの映画(『No 選挙, No Life』)を見て自分でもやっていて、真剣に演説を聞いていると向こうから話しかけてくれることも経験しました。質問ですけれども、『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』の本を書くときに、最初の打ち合わせや最初の取材など、最初のステップはどういうところからスタートしたのかを教えてください。
西村 前書きでも書いたように、まず自分自身の危機感が非常に強かったんですよね。2024年12月段階での新聞やテレビの報道は、あたかも引き上げが決定したかのような内容で、このまま進むとたいへんなことになると思ったのと、もうひとつはこのときのメディアの報道は、当事者の声の反映ではなかったわけです。だから当事者の視点で世の中に伝えることが必要だと思って知り合いの編集者に話をして連載がスタートした、という経緯です。
まずは自分が事情を知りたい、というところから始まったんですが、研究者や政治家や法律家の方々に話を聞いて書籍にまとめた後も連載は今もずっと続いていて、最近だとマライ・メントラインさんにインタビューをしています。
マライさんは日本とドイツ両方の医療保険制度を経験しているので、話を聞いてみると非常に興味深いことがたくさん浮き彫りになりました。
日本の医療保険制度は、病院に行けばすぐに診てもらえるし、健康寿命や平均寿命の高さも世界でトップ水準ですが、その反面、医療費の自己負担はけっして他国よりも優れているわけではない。自民党や厚労省の関係者は「世界に冠たる国民皆保険」「高額療養費制度のような優れた制度は諸外国にはない」と自画自賛するんですが、医療費の自己負担が本当に優れているのなら、高額療養費制度なんてそもそも必要ないんですよ。
――高額療養費の自己負担上限額引き上げという問題を、まったく知らない人に説明する時に何をまず伝えればいいのか疑問に思っています。自分ではこういうところが問題だとわかっていても、関心がない人に伝える時にはまず何を言えばいいのか、もしいいお考えがあれば教えていただきたいです。
西村 いろんな論点があると思うんですけれども、 ひとつ根本的なことを言えば「現役世代の社会保険料負担はもう限界だ」と多くの人が感じているわけですよね。だから社会保険料を下げます、と、政治家や政党が言うわけですよね。その一方で、高額療養費の1ヶ月あたり上限額を引き上げます、とも政府は言っているわけです。ということは、「現役世代の社会保険料負担は限界なのに、病人がもっと負担するのは大丈夫なんですか?」という大きな矛盾があるわけです。少し専門的な用語になりますが、これは健康な人から病人への最悪のコストシフティングです。それがなぜ正当化されるのか、ということが僕はまったく理解できません。
政府は「今回の〈見直し〉で年間上限の新設や多数回該当の据置きで負担が軽くなる人もいます」と強調するんですが、1ヶ月あたりの自己負担上限額を引き上げることでむしろ負担が重くなる人たちのほうが多くなることは医療経済学者の推計でも出ているのに、政府の人たちはそこに触れようとしない。「多少負担が増えても払えるでしょ」と思っているのかもしれないけれども、現実には病気や怪我をすると仕事を休むことになって収入が減るので、支払いは非常に厳しくなります。
制度に関心がない人に伝えることは難しい問題だと思いますが、誰だっていつ病気になったり怪我をするかわからない。その時に助かる制度のハードルが高くなって入口の間口も狭くされたら、自分はその中に入れなくなってしまうかもしれない。キャッチーに説明するのはなかなか難しいんですが、わかりやすい大きなポイントはそんなところかなと思います。
――私は1年半前に心臓の冠動脈が狭くなってステントを入れる手術をしたのですが、70万円近くかかった費用が5万円程度で済みました。私の場合は1回ステントを入れただけなのですが、継続的に治療をしている人の負担が上がるとなると本当に大変だろうし、自分の命がお金のために選別されるんじゃないか、とも感じました。高市さんが「引き上げることが患者側の意に沿っている」と国会で言ったという、あの発言の意味がわからなかったんですが、そこを教えてもらえればと思います。
西村 参議院予算委員会での発言だったと思うんですが、あの背景には、今は高額な自己負担に苦しんでいる制度利用者が多いので、患者団体が年間上限額の導入を要望していて、それが今回の〈見直し〉案で8月の制度変更から導入されることになった、という事情があります。とはいっても実際には見切り発車で、年間上限を超えた額を自己申告して払い戻される方式なので、患者は当面の間、相変わらず高い治療費を支払い続ける必要があるわけです。というふうに、制度として完全に整備されたわけではないのですが、たとえ見切り発車でも年間上限のシステムを稼働させることが皆さんの意向に合っていることです、というのが高市首相の主張だったわけです。
ただ、その時の答弁は、〈見直し〉案の問題を様々に追及した野党議員の質問に正面から答えず、先ほど言った錦の御旗じゃないけれども、年間上限の新設や多数回該当の据え置きだけを前面に押し出した回答だったんですよ。だから彼女は答えてないことが非常にたくさんあるわけです。その時の答弁はそれが本来の問題なんですが、SNS上では「月額上限額の引き上げが患者の意向に沿っている、とは一体どういうことだ!!」という炎上をしましたよね。あれは、とにかく政府の悪口を言いたい左派系デマゴーグのポストが広く拡散されて、それを見た多くの人の正義感が短絡的に燃えてしまったのだと思います。「自己負担の引き上げが患者の意向に沿っている」と首相が言ったのだと思えば、そりゃあ誰だってけしからんと感じますよね。でも、事実はそういう経緯です。
首相の発言は批判されてしかるべきなんですが、的を射た指摘じゃないと批判としての力を持ちません。右派系も左派系も空中戦でデマが飛び交いがちだから、批判する際には感情に突き動かされるのではなくて、冷静に対象を見た方がいいですよね。
畠山 これは選挙についても思うことなんですが、自分の知っている人が関係するものだと、周りの人は興味を持つんですよね。だから、「選挙に関心を持ってもらうにはどうしたらいいですか」と聞かれたときには、「あなたが立候補すれば一番周りの人に効きますよ」と話すんです。僕自身も高額療養費制度の問題を知ったのは、西村さんが連載を始めたことがきっかけで、「治療を諦めることは緩やかな自死の選択だ」という一文を読んで、そんなことを当事者に思わせるような制度改革は本当に国がやるべきことなのか、とすごく考えさせられました。
だから先ほどの質問にあった「関心がない人にどうやって興味を持ってもらうか」ということについて言えば、自分の身近にこのことで苦しんでいる人がいて、たとえば百数十円で治療を継続できるのなら、それくらいのお金は払いますよ、と僕ならば考えます。そういうふうに、自分にとって遠いものだと思わないような説明の仕方だと関心を持ちやすいんじゃないか、と先ほどの質問を聞いていて思いました。
僕も西村さんがこの連載を始めなければ高額療養費の問題に興味を持たなかったかもしれないし、何らかの形で情報として知ったとしても血が通わない知識で終わっていた可能性もあります。この問題はこれで終わったわけではなくて、今これから制度をどうするのかという課題がすごくたくさん残っていることも、この本の中に書かれているので、多くの方に読んでいただきたいと思います。
西村 予算案が通ったので政府の〈見直し〉案が8月から始動します、ということではなく、それを少しでも抑制的なものにするために自分たちには何ができるのか、ということをこれからも考えてゆきたいと思います。この本の第4章に登場する東京大学大学院の五十嵐中特任准教授が言っていた「現状維持のままじゃあ、めでたしめでたし、じゃねえぞ。むしろ全然めでたくねえんだからな」という、その言葉に尽きると思うんですよ。
畠山 そのためにも、まずはどういうことだったのか、どういうことなのか、を多くの人に知ってもらいたいと思います。
西村 いままさに現在進行形の話ですからね。今日は長時間お付き合いくださり、ありがとうございました。
畠山 ありがとうございました。














