畠山 この本ができる前の段階で、西村さん自身が高額療養費制度の当事者でこの連載を開始したとき、制度が変更されることで実害を受ける人が自分の知り合いにもいるということにまず、びっくりしました。その連載タイトルが『オレに死ねと言ってんのか』。自分はこの制度を利用していないので、「これは本当に人の生死に関わる問題なんだ……」とそこで初めて認識した、というのが正直なところです。

僕は制度を利用したことがないので、治療費があまりに高額になると上限額が設けられて負担が軽くなりますよ、ということくらいしか知らなかったのですが、本を読んでみるとものすごく負担を強いる制度改変が行われそうになっていることや、なぜその改変が出てきたかという背景事情が明かされています。

これは読んでいただくと「えっ……本当に!?」とびっくりするんですけれども、「国や政府はなんだかんだいってもちゃんとしてるんだろうな、最後は我々のことを守ってくれるんだろうな」と漠然と思っていたのに、それが足元から崩れるようなことが書かれていて、すごく驚いたし勉強になりました。

選挙との関係で言うと、高額療養費に関心がある人はたくさんいると思うんですが、候補者が訴えたい政治課題は消費税や子育て等々いろんなテーマがあるので、街頭演説ではそれぞれについて本当にざっくりとしか触れません。

2月の衆議院選挙では、西村さんが連載記事で高額療養費制度に関する各政党のマニフェストを比較検証していて、僕もそれを読みました。このテーマをちゃんと政策に入れている政党があるということは、当事者の皆さんがこの問題について政治家や政党に問いを投げ続けた結果、政策として取り入れられたのだろうと僕は捉えています。そのような働きかけがなければおそらくスルーされていただろう、というのが実感で、切実な問題がちゃんと政治の側に届いているとも感じました。

西村 昨年夏の参議院選挙と今年2月の衆議院選挙で、高額療養費制度がトピックのひとつとして取り上げられたのは、この本の中でも言及している全国がん患者団体連合会(全がん連)と日本難病・疾病団体協議会(JPA)が地道な要望活動を続けて、それが去年3月の一時凍結に非常に大きな役割を果たした、という事情が大きく作用していると思います。

昨年7月の参議院はともかく、今年2月の衆議院選挙はわけがわからないうちに始まってあっという間に終わった選挙だったので、高額療養費の問題は候補者が街頭演説で訴えても、メディアに乗る大きなトピックになりませんでした。それが非常に歯がゆい点でもあったのですが、各選挙区を歩いてきた畠山さんの目にはどう見えていましたか?

畠山 選挙期間中の候補者は、どうすれば投票用紙に自分の名前を書いてもらえるかということにものすごく気を配ります。高額療養費の問題はもちろん大事なテーマですけれども、「この制度がこう変わることでどんな問題が生じるのか」という一般的な理解がまだ広がっていないという点で、候補者としてはなかなか伝えづらいテーマだったのかもしれません。

たとえば去年7月の参議院選挙のように、投開票日があらかじめわかっていて充分な準備期間がある場合だと、「皆さんから付託を受けて6年間を議員として働くために、自分は高額療養費制度をこうやって改善します」とわかりやすい解説動画を作ってYouTubeで公開することも可能なんですが、さすがに解散から投開票日まで16日というスケジュールでは、高額療養費の問題を大きなテーマとして訴える時間的余裕がなかったのかなと思います。

それでも訴えている候補者は確実にいらっしゃいました。選挙の時にはやはりその人の地が出るから、この限られた時間でも高額療養費制度を取り上げた候補者がいたことは希望だと思いました。命に関わる問題で、誰もがこの制度を利用するかもしれないことを考えると、本来ならもっと多くの立候補者が取り上げるべきなんですが。

西村 今回の本のなかで全がん連理事長・天野慎介さんが話してくれた印象深い言葉に「『最後に議員を動かすのは面子と選挙だ。それが立たないと彼らは動かない』とある議員秘書に教えられた」、というものがあります。本当に身も蓋もない事実ですが、票に繋がらない問題はトピックにしてもらえない、ということですね。

畠山 そうですね。「票とメンツが大事」というのはまさにそのとおりで、全がん連とJPAの皆さんが与野党問わず要望をくまなく訴えて回ったことで、ようやくここまで来ている。その訴えがなければ、最初の法案がそのまますっと通っていたかもしれない。そして、法案がすっと通った後になって「えっ……」と皆が驚いていたかもしれない。その「えっ……」という声すら、発せられないままになっていた可能性もありえたと思います。

西村 何が起こっているのかすら、わからないまま進んでいく。「国や政府も最後は我々を守ってくれるだろうと思っていたのに、それが足元から崩れていく」と最初におっしゃいましたが、「そこまでのことはしないだろう」ということを彼らは平気でやってくる、その驚きというか怖さを今回はひしひしと感じましたよね。

畠山 この本の中にはいろんな研究者の方々の研究成果やご意見があるんですが、立教大学の安藤教授が「厚労省がなぜあのようなおかしな理屈で上限引き上げを正当化しようとしたのか、私もいろいろと推測をしたのですが、今でもよくわかりません」という言葉の後に「おそらくあまり深く考えていなかったのではないか、というのが現状での私の結論です」という一節がありますよね。ここは読んでいてもびっくりするんですけど(笑)、一連の経緯を見ていると、本当にそうかもしれないと思わざるを得ないひどい提案だった、ということがすごくよくわかりました。

西村「あまりよく考えていなかったんじゃないか」というのは、要するに他人事だということですよね。他人事だから、メディアも2024年12月ごろの報道で「引き上げが決まりました」とあたかも決定事項を報道するかのようなあっさりした内容になったと思うんですよ。

高額療養費の引き上げが大手メディアの人々にとっておそらく切実ではない理由のひとつが、企業に勤める人や公務員の健康保険には手厚い補償があって何も心配しなくていいようになっている、という事実です。これだけ手厚いなら他人事になるよな、と思いました。もうひとつは、たとえ自分ががんや難病じゃなくても、身の回りに誰かひとりくらいそういう経験をして苦労している人がいると思うんですが、たとえそういった当事者が身の回りにいなくても、そういう境遇の人を想像できることが政治や行政の仕事をする人に求められる資質でしょう。たとえば、実際にがんサバイバーで国政や地方議会で活動をしている人は少なからずいますよね。

畠山 与野党問わず、いらっしゃいますね。

西村 そういう人たちは制度について理解しているだろうけど、そうではない候補者に自分たちの意見をどうやって政治に反映してもらうか。街頭に立っている候補者に複雑で込み入った説明をしてもなかなか理解してもらえないだろうから、ある患者団体の人は「ひと言ふた言で、的確に要点のみをお伝えする」と言っていました。