迷走する対米外交と機能不全の官邸
日米首脳会談では、外務省がかなり綿密に情報を収集して会談に臨んだことになっているが、実情はお寒い限りのようだ。元外交官が分析する。
「米国政府にはいろんな役所があって大使館の連中はいわゆる局長クラスとか次官補クラスと付き合っています。けれど、山田(重夫)大使のところには、まったくその情報が入ってこない。
大使館だけでなく、国務長官兼 NSC 補佐官のマルコ・ルビオのカウンターパートである日本のNSC局長である市川(恵一)さんのところにも情報が降りてこない。だからどうしようもない、とぼやいています。
要するに米国では、ホワイトハウスの一部で決めたことが公式見解として発表されるだけ。それはまさにトランプが言ってることと同じ発言でしかないそうです」
首脳外交では通常、政策の決定事項が発表される過程の情報をつかまなければ対処できない。しかし、当の米政府の役人でさえそれを知らないのだから、日本政府もお手上げだというのだ。
「つまり米国では各省庁が重要な政策決定に関与してないのです。大事なことはトランプとその周りの 5人で決め、それを発表するだけらしい。
5人は国務長官のルビオや副大統領のバンス、 NSCのナンバーツーで大統領次席補佐官のスティーブ・ミラー、国防庁長官のピート・ヘグセス、それに大統領補佐官のスージー・ワイルズというあのおばちゃんです。
といっても、事実上はトランプが独断で物事を決め、側近たちはそれに従うだけ。ワイルズは唯一トランプに遠慮せずズケズケとモノを申せる人物で、第一次政権のときから選挙戦略を練っています。
もっぱら演説の段取りをし、トランプも彼女の話には耳を傾けるそうですけれど、内政担当の補佐官だから外交関係は埒外です。とくに外交面のトランプ政権は王様一人が決める独裁体制となっていて、バンスは当初イランとの戦争を止めようとした挙句、トランプに嫌われて関係がギクシャクしている」
なにやら日本の高市政権と似ている。ワイルズは自民党事務総長の元宿仁のような存在として、MAGA派をはじめとした大統領の支持率を細かく分析し、トランプから頼りにされているという。
高市内閣では政権発足当初、外務官僚の市川恵一の国家安全保障局長抜擢が話題になった。在米日本大使館の筆頭書記官や公使を歴任してきた市川は、外務省親米派のエースとして知られる。
旧民主党政権時の枝野幸男、藤村修という両官房長官の事務担当秘書官として官邸入りし、2012年12月に自民党が政権に返り咲くと同時に、菅義偉の官房長官秘書官となる。安倍から菅に政権が移る直前の2020年7月には北米局長に昇格している。
その市川は元JR東海会長の葛西敬之からの信頼も厚かった。運輸族議員としてJR東日本と近く、ライバルのJR東海とは縁の薄かった官房長官の菅をリニア中央新幹線の実験線走行に招き、葛西との縁をつないだパイプ役とされる。
そして安倍を師と仰ぐ高市は2025年10月21日、石破茂内閣でインドネシア大使となったばかりの市川を引き戻し、国家安全局長に起用した。大使就任期間わずか5日という前代未聞の強引な人事は、霞が関の評判となった。実際、この人事のせいでしばらくインドネシア大使が空白となる。
なぜそこまでしたのか、高市本人がそれほど市川を信用しているか、といえば、そこは疑問としか言いようがない。
前述したように第二次安倍政権では官邸官僚と外務省ルートの2つが存在したため、互いに手柄を競い合う場面も見られた。外務省ルートの中心である国家安全保障局は、安倍・菅政権時代に谷内からいったん警察庁出身の北村滋へ移り、岸田文雄政権で元外務事務次官の秋葉剛男へ戻った。
石破政権の2025年1月に同じく元外務事務次官の岡野正敬へと引き継がれたが、高市は政権発足と同時に市川を国家安全保障局長に据えたため、岡野はわずか10カ月足らずで辞任する結果となる。
インドネシア大使からの国家安全保障局長への登用も異例中の異例といえた。その市川に対する外務省関係者の評価は悪くないが、高市政権で機能しているわけでもなさそうだ。
「市川さんは外務省本流の親米派を歩み、菅さんに気に入られていました。高市さんは安倍政権で菅さんのあとに総務大臣に起用されたけれど、実のところ総務官僚たちが菅官房長官に気遣ってその指示に従うので、高市さんはむくれていました。
それで高市さんは菅さんのことを毛嫌いするようになりましたが、市川さんは柔軟なので、そこをうまく立ち回っていました。高市政権で重宝されているのは、市川さんが高市さんに気に入られているから。彼のキャラクターに負うところが大きいのではないでしょうか」
事実、市川は高市政権の発足以来、対米外交の要としてルビオ国務長官のカウンターとなり、新聞各紙の報じる首相動静にも毎日のように彼女との面談記録が残っている。また同じ外務省の親米ラインで市川の先輩にあたる秋葉もまた、外務省の特別顧問として政府に残り、陰ながら米国交渉を担っている。
ただし、相手はあの米大統領だけに厄介だ。なにより肝心の高市本人の外交手腕に大きな不安が残る。先の3月19日の日米首脳会談でも、あまり話題に上らなかった場面がある。外務省関係者が次のように振り返った。
「首脳会談では、高市さんの歯の浮くようなゴマすりばかりがクローズアップされたけれど、そのあとのほうが問題でした。高市さんが晩餐会でX JAPANの曲に合わせて米軍の音楽隊の前でダンスを踊って顰蹙を買ったシーンがあったでしょう。
その晩餐会の第1テーブルでは高市さんがトランプの隣、トランプの隣がソフトバンクの孫正義さんという並びでした。トランプは孫さんが大好きだから民間のゲストとして自分の隣の席を用意させたんでしょうね。で、外務省としては高市さんに、『あくまで社交の場だから、軍事的な話は避けてください』とクギを刺していた。
トランプなら孫さんに何でもしゃべってしまうから。イランの状況、なかんずく高市さんは自衛隊の派兵問題などをうっかり話してしまう危険性があるので、そこだけは神経を使ったわけです。それはそれでよかったのですが、あのダンスはやりすぎでした」
外務省関係者はさらにこう言葉を足した。
「実は晩餐会の第2テーブルには茂木(敏充)さんと副大統領のバンス、市川さんたちが座っていました。茂木さんは音楽隊の演奏で会話がかき消されるのをいいことに、バンスとイラン問題で突っ込んだ話をしたようです。つまり日米会談は事実上、茂木さんとバンスが取り仕切った。それを茂木さん自身が周囲に漏らしているのです」
外務大臣の茂木にしてみたら自分自身を売り込むチャンスととらえたのかもしれないが、イラン問題の日米外交で〝主役〟になった茂木は、高市政権でかつて自らの外相秘書官を務めた山田重夫を駐米大使に送り込んだとされる。トランプ政権ではその山田もいま一つ機能していないが、茂木はポスト高市を睨んでいる、ともっぱらだ。













