法的責任は問われるのか 情報社会に問われる「受け手の倫理」

最大の問題は、無関係な個人や関係者への誹謗中傷である。SNS上で名前や写真が拡散されれば、たとえ誤りでも社会的信用は大きく毀損される。また、家族や関係者のプライバシー侵害も深刻だ。

さらに、誤情報は捜査そのものを混乱させる可能性がある。警察が情報を制限する理由の一つに「誤情報拡散の防止」があるのはこのためだ。

では、こうしたデマ拡散は罪に問われるのか。

結論から言えば、内容によっては十分に刑事・民事責任が生じうる。具体的には、虚偽の内容で個人の社会的評価を下げた場合は名誉毀損罪(刑法230条)、侮辱にあたれば侮辱罪(同231条)が成立する可能性がある。

また、民事上も損害賠償請求の対象となりうる。近年はSNS投稿でも責任が厳しく問われる傾向が強まっており、「拡散しただけ」でも責任を免れないケースもある。

今回の事件は、単なる一つの凶悪事件にとどまらず、情報社会の脆弱性を浮き彫りにした。
「情報が少ない=何か隠されている」という短絡的な思考が、憶測を呼び、デマを拡散させる。だが、本来必要なのはその逆である。情報が少ない時こそ、断定を避け、公式発表を待つ姿勢だ。前出の社会部記者がいう。

「基本的にこうした事件の報道においてマスコミ各社は裏取りを慎重に重ねた上で発信しています。誤情報・デマを発信しても何の責任も問われない。むしろ、そうすることでアテンションを集めるSNSのインフルエンサーもいますが、真っ当な報道機関は正しい報道を行なわないと社会的責任に問われます。

今回は多くの人が予想したとおり養父が逮捕されていましたが、そうじゃなかった事例は過去に沢山ある。加熱しすぎるのはメディアにも勿論責任があるが、発信者、受け手ももっと慎重にならないといけない」

事件後複数の報道陣が自宅前にはいた (撮影/集英社オンライン編集部)
事件後複数の報道陣が自宅前にはいた (撮影/集英社オンライン編集部)
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「一億総探偵」という言葉は、一見すると市民参加の象徴にも見える。しかし現実には、それが無責任な“疑いの量産”へと転化したとき、社会に深い傷を残す。

私たちは「知る権利」と同時に、「誤らない責任」も問われている。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班