深夜のジムで2人きりの練習
2月某日の夜10時前、営業時間後の所属ジムを訪れると、担当の近藤明広トレーナーが斉藤を待っていた。週2回ほどこの時間にしか来られない斉藤のためにジムに残り、ミットやマスの相手を務めているという。単刀直入に、今の斉藤の実力の水準を尋ねた。
「現在の日本ランカークラスと比べるとちょっと厳しい。ただ、パンチ力は本当に凄い」
斉藤が到着後、シャドーやミットなど、2人きりの練習が1時間ほどテンポよく行われた。緊張感よりも、どこか今この時間ボクシングをしていることを楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。
だが斉藤はもう36歳だ。別の日に取材したやり取りが思い起こされる。
ーーボクシングはリスクがある。ご家族や周囲は反対しないのですか?
斉藤(以下同) 「子ども達は眉を八の字にして、お父さん止めようよって反対してます。妻は何も言いませんね。好きにすればいいって。妻は強いです」
ーー最後は公開スパーリングでもよかったのでは?
「直近の試合が負傷判定でしたが、このままではあとの人生で後悔すると思ったんです。あと最後にお世話になった方々にリングで精一杯戦う姿を見せたいという気持ちが強くありました」
ーー引退後は何を?
「今、平日は小学校の特別支援学級で区の職員として仕事しています。令和の時代でも、給食がない土日はお腹が空くから布団のなかでじっとしている子もいるんです。僕は小学生の頃、ボクシングを通じて人間不信を直すことができたので、将来はボクシング教室を開いて、感謝や人との向き合い方を伝えていきたいです」
小学生の頃入ったボクシングジムで、大嫌いなはずの大人たちから初めて優しくされて、丁寧に教えてくれたジャブ。5人兄弟の母子家庭で貧しかったが、母親が毎月払ってくれたジムの月謝袋。前ジムの会長と一緒に銭湯で笑い合ったときの声。前ジムからの移籍を求めて起こした裁判でその会長の顔を見られず、悲しさと恐怖で足が震えたこと。
移籍した現ジムで気合いを入れて練習していたら、あまりの声の大きさに薬物中毒者が奇声を上げていると近隣が勘違いし、通報を受けてやってきた警察官の呆れ顔。
ボクシングに興味がなく普段は冷静な妻が7年ぶりの試合は会場でビデオ撮影してくれて、映像をみるとKO勝ちの瞬間に声をあげて喜んでくれていたこと。お金がなくてファミレスで子どもたちの分だけ食べさせて、自分は飲み物だけ頼んで飲んだアイスコーヒーの味。復帰後の中井戦の前、夜のロードワーク中にふと見つけた月が綺麗で、風が気持ちよかったこと。
もう一度何かやれるような気がしたこと。
「今日は取材ありがとうございました。試合楽しみにしていてくださいね!」
練習後、斉藤はそう言ってシャッターを閉めると、自転車で颯爽と帰って行った。

斉藤司ホームページ
https://tsukasap4p.boxing-ticket.com/













