敗戦後、子どもたちが対戦相手のもとへ
「まだちょっと、時間が足りなかったか……」
目の前にいる日本ランカーの中井龍選手と戦いながら、そんな考えが斉藤の頭をよぎった。勝てばタイトル戦に近づく大一番。しかし7年のブランクを経た復帰戦から7ヵ月しか経っておらず、勘が戻ってこない。被弾も増え、焦りがつのった。
「彼(斉藤)の中には俺と戦う理由がたくさんあると思う。でも俺にそんなもんはない、そんなものは関係ない」
相手の中井選手は試合前にこう言った。斉藤がパンチを浴びるたびに真剣勝負の厳しさが応援席に漂った。結局形勢は変わらず、4ラウンド終了時に斉藤のトレーナーが棄権を申し出た。
「まだやれるって!」
叫びながら椅子から起ち上がろうとする斉藤を、トレーナーが抱きしめて制御した。その姿を車椅子で観戦に来ていた妻と、子どもたち3人が心配そうに眺めていた。
試合後、病院に直行した斉藤と別の帰路となった妻と子どもたちが、会場の出入り口付近で偶然中井選手を見かけた。すると小2の息子が「挨拶をしたい」と言って、足を止めた。
「今日はお父さんと試合をしてくれて、ありがとうございました」
中井選手を前にした息子は泣きそうになるのを我慢しながら、震える声で言った。中井選手は膝をつき、真っ直ぐ目線を合わせたまま、「こちらこそありがとうございました」と言った。













