ブームが去り、ゲーセンの数は10分の1以下に
手狭な個人店でも格ゲーやりたさに人がごった返し、熱気がムンムンだった90年代のゲーセン。業界もかなり景気がよかったようだ。
「80年代のゲーセンは基本的に筐体は1タイトルにつき1台。でもストⅡはあまりに人気がスゴくて1店舗に6~8台置いてあるなんて当たり前。池袋にあった某店舗なんて50台くらいあった筐体のすべてがストⅡでした。
僕が19歳でゲーセンの店長になった頃、筐体って本体が1台25万円前後で基盤が20万円前後の計50万円くらいなんだけど、土日は1日で4~5万円回収できるから一瞬で元が取れるどころが、どんどん利益になる。2000枚くらい入る筐体のコインボックスを1週間くらい集金しないで放置してたら、コインレーンにお金が詰まって開かなくなりましたからね。
今はその5分の1でも入ってたら売上がめっちゃいいって扱いなので、ホントとんでもない時代でしたよ」(松田氏)
そう、ゲーセンにおける格ゲー全盛時代は長くは続かなかった。
『ストリートファイター』シリーズの進化に加えて、2D格ゲーでは『サムライスピリッツ』『ザ・キング・オブ・ファイターズ』、3D格ゲーでは『バーチャファイター』『鉄拳』など、ストⅡの後に続けと、最盛期には年間数十タイトルもの格ゲーが誕生。操作の複雑化が起こり、強者による初心者狩りがプレイヤーの裾野を狭めた。
2000年にはPlayStation 2が発売してアーケード機におけるグラフィックの優位性が保てなくなり、手軽に楽しめるスマホゲームの登場も向かい風となった。
気がつけばゲーセンはプライズゲーム(クレーンゲームなど景品を獲得できるマシン)や音ゲーといった体感ゲームがスペースの多くを占め、カップルや家族連れが楽しめる空間へと変化を遂げる。
その一方で、格ゲーなどのビデオゲームは隅に追いやられるか、もしくは設置すらされなくなってしまった。
不要不急の筆頭であるこの業界はコロナ禍がとどめとなり、ゲーセンはもはや大手ゲームメーカーが運営する大型店ばかり。90年代後半には3万近くあった店舗は、現在2000程度しか残っていない。
しかもこれは、メーカー直営大型店やラウンドワンといった複合レジャー施設も含めた数字で、ニュートンのようにビデオゲーム機をメインで置く個人経営店は松田氏いわく「全国に100もないと思う」というほどの壊滅状態だ。
それでも、一部のゲーセン店長は、一時代を築いたその文化の火を絶やさぬよう必死でもがいている。
「うちの店も駅前の再開発の影響で立ち退きを迫られてますが、移転先でもこういった格ゲー中心のゲーセンができるように、今めっちゃ交渉してます。
格ゲーは僕の人生。あの熱気を肌で味わったひとりとして、この文化は僕が生きてる間はなくしちゃダメって使命感があります。全国わずかに残ってるゲーセンの店長とともに、時代の流れと戦い続けたいですね」(松田氏)
あれから35年が経った。“時代の流れ”は、もしかしたら誰も抗えないほど“強い奴”なのかもしれない。それでもゲーセン店長たちの戦いは、まだまだ終わらない。
取材・文/武松佑季













