キャビネット型対戦台という革命
「なんといっても対人対戦でしょう。『Ⅰ』でも一応、対人対戦はできたんだけど、見知らぬ人と戦うって文化が確立されたのは『Ⅱ』からですね。
リリース当初は1台の筐体に並んで座って、肩をぶつけながらプレイする“なかよし台”しかなかったのが、ある時から映像と操作系を分配した背中合わせの2台の筐体に、それぞれプレイヤーが座って戦う“通信対戦台”(キャビネット型対戦台)が登場します。これが格ゲーの歴史の中でターニングポイントでした」(松田氏)
『ゲーセン戦記-ミカド店長が見たアーケードゲームの半世紀』(池田稔著/中央公論新社)によると、このキャビネット型対戦台はゲームメーカーではなく、福岡にあったゲーセン「モンキーハウス」が発明したものとしている。
顔を合わせなくても対戦できることがシャイな日本人に合っていたのか、キャビネット型対戦台は爆発的な勢いで全国に波及する。そして、社会現象となることでそれまで不良のたまり場とされていたゲーセンに変化が訪れる。
「僕は小学生だった80年代からゲーセンに入り浸ってましたけど、ストⅡの登場でゲーセンの雰囲気も客層も徐々に変わっていきました。それまでのゲーセンは台パン、台蹴り、カツアゲ、暴走族ってイメージで学校の先生からも絶対行っちゃダメと言われてた。
それがストⅡ以降はオタクも含めた一般層が出入りできるような場所になった。女性キャラが同人誌にも扱われるようになって、アニメ文化とも融合したおかげかな」(松田氏)
とはいえ、ヤンキー色が払拭しきれない90年代初頭のゲーセンは、決して治安がいい場所とは言えなかった。
「負けて腹を立てたヤンキーが、ガイルのソニックブームみたいに灰皿を投げる“灰皿ソニック”は日常茶飯事(笑)。ゲームでオタクに勝てないヤンキーはリアルストリートファイトに持ち込んでた……なんて景色もありましたね」(松田氏)
それでも90年代半ばにはそんな殺伐とした雰囲気は薄らいでいき、かつて薄暗かったゲーセンの照明は小学生でも安心して入れるほど明るくなっていった。













