出発点は「ピンクの家」と「ムーミン谷」
──新作『外の世界の話を聞かせて』には複数の視点人物が登場します。東京の外苑前で私設図書館・南天文庫を開くあやめ、葬儀会社で働く真実子、真実子の弟でフリーターの功。彼らは一九七〇年頃、元公民館の「ピンクの家」で共同生活を送っていた三家族の子供たちです。また、南天文庫に通う高校生の陽日はるひや、あやめの母親の輝子の七〇年代当時の視点も挿入されていく。ユニークな人間模様が広がっていく作品ですが、出発点はどこにあったのでしょうか。
最初はピンクの家です。以前、三重県の本屋さんの講演に呼ばれていったときに、近所にピンクの建物があったんです。「これなんですか」と訊いたら、「元公民館です」と。その時点でその建物はもう使われていませんでしたが、こんなところで仲良しの人と共同生活したら楽しいだろうなと思ったのがきっかけです。もちろん、小説の中で書いた建物や位置は、実際とは違います。
──彼らがそこに住んでいた様子をリアルタイムで描くのではなく、そこで育った子供たちがすっかり大人になった現代を主な舞台にされたのですね。
そうですね。ピンクの家出身の人たちのその後を書きたかったんです。それと、ムーミンの話が好きだというのもきっかけです。ムーミン谷の住民のように、自分たちの倫理観、価値観で生活していた人たちが、大人になって今の世の中に散らばっていたら面白いのに、と思って。なので、連載の時はピンクの家の暮らしは回想でしか出てこなかったんですが、当時の様子をライブの形でも織り込みたいなと思い、後から昔の輝子の視点も入れました。
──ピンクの家とは関係のない、現代の高校生の陽日も視点人物に加えたのはどうしてですか。
そもそも、ピンクの家とムーミン谷をどう小説にするか考えた時、それらは背景にしたいなと思ったんです。そうでないと、ただのノスタルジーかファンタジーを書いたものになってしまうなと思って。そうではなく、今を生きている子なり人なりを中心に小説を作ろうと思い、陽日の視点も入れたんですよね。だから、最初はこの小説の主な人物は陽日とあやめの二人くらいの気持ちでいました。でも、どんどん増えてしまって……。
──ここ数年、『去年の雪』をはじめ、江國さんの小説は登場人物が非常に多くなる傾向にありますね(笑)。
そうなんですよ(笑)。自分でもなぜなのか分からなくて困っているんですけれど、多くなっちゃうんですよね。最初のイメージとしては、南天文庫の中で陽日の語る現在の高校生活と、あやめの語るピンクの家の昔話という、密室の中の二人の会話というか、二人の世界みたいな話になる予定だったんですけれど……。
──元公民館に住んでいた家族たちだけでも結構な人数がいますよね。輝子と夫と娘のあやめ、輝子の夫の兄の芳雄夫婦と息子二人。そこに輝子の夫の幼馴染みの健と妻が加わり、その後この夫婦の間に真実子と功が生まれます。しかもみんな、個性がばらばらだし、結束力が強いわけでもなくて。
ムーミン谷ですから、みんないい人で仲良しというのではなく、とにかくみんな変わってるんです。変わっている人たちでも仲間だ、という感じにしたかったんだろうなと思います。
──彼らは勝手に電気をひいて建物を使用していて、「国家権力およびその手先から盗むというアイデア」をみんな気に入っていた、というから政治的な思想があるのかと思いました。でも健夫妻はノンポリだし、輝子も活動家という感じではない。
芳雄は厳しいところがあるけれど、輝子たちはそこまでではなくて、温度差があったんでしょうね。聞くところによると、時代の勢いもあったためか、当時は活動家ではないごく普通の市井の人々の中にも、いろんなレベルで思想を持っていた人がいたそうですし。ピンクの家で育った子供たちは、そうしたことに影響を受けたと思います。影響を受けたうえで、どんなふうに生きていくのかなと思って。特殊な状況じゃなくても、どういうふうに育ったか、どんな環境にいたのか、良くも悪くも子供は影響を受けますよね。そこには怖さもあるけれど、私は面白さがあるととらえたいです。なんにせよ面白いほうがいいですものね、人生は。
──ピンクの家を出た後、離婚した輝子は娘のあやめと外苑前で南天文庫を開きます。輝子が亡くなった現在は、あやめが一人で運営している。昼間は子供たちが集まり、夜は大人のためのセミナーが開かれるこの場所の雰囲気がすごく素敵です。
実際にこういう場所があったんですよ。名前も違うし今はもうないんですけれど、昼間は子供のために文庫を開放していて、夜は運営者の女性が大人向けに絵本講座をやってくれていました。私は二十歳から二十六、七歳くらいまで、その絵本講座に通っていました。もちろんこの小説はフィクションですけれど、場所はそこにそっくりに書きすぎて、今の時代に外苑前にこういう場所があるとするのは難しいところですが……。でも本当に、当時はああいう建物だったんです。いつかあの場所のことを書きたいなと思っていました。作中にも書きましたが、ピンクの家に住んでいた人たちは、たぶん、そこから出た後は隙間みたいな場所でしか働けないなと思って。あやめの職業を考えるのが一番難しかったんですが、あの文庫を書きたかったことを思い出して、これはいい取り合わせだな、って。
事実は小説より奇なり、小説もいけるところまでいっちゃおう
──同じくピンクの家で育った真実子は葬儀社に勤めていて、弟の功は夜はバーテンダー、昼はフリーターです。
前からバー勤務の人は、昼夜逆転の生活だから苦労も多いのではないかと興味深く思っていたんですね。だから功の働き方はあっさり決まりました。でも、どうして真実子が葬儀社になったのか、きっかけをよく憶えていなくて……。
──真実子が先輩社員から、葬儀場の控室は日常の場と死に寄り添う場の間にある「緩衝地帯」だと教わったというエピソードと、作中にも出てくる「隙間みたいな場所」という言葉が重なって、腑に落ちました。
そうですね。火葬場について書いた部分は私も好きです。今回のこの小説の中では、彼女の職業がいちばん、この小説を下支えしてくれていますね。
──そんな真実子は四回結婚しています。三番目の夫の豊樹は弟の功の同居人だった男性で、真実子と離婚した後、彼は功の部屋に戻っている。しかも、途中で同居人がもう一人増えますよね。こういう意外性のある人間模様がめちゃくちゃ面白くて(笑)。
連載の時は、最初から三人で住んでいたんです。そもそも功が一人で住んでいたのに、大晦日に豊樹が飲んだくれているのを拾ってしまい、その後、豊樹が自分の元教え子だった芯と町でばったり出会って拾ってきたという設定は今と変わらないです。ただ、芯にはライブで登場してもらいたかったから、書き直しました。
──陽日はそういう大人たちを見てきているんですよね。あやめは陽日に「人間はみんな変り者」と言うけれど、学校だと変わり者は排除されるか敬遠されるだけなので、陽日はちゃんと居場所のある変わり者の大人たちをうらやましく思っているようです。
ムーミン谷の人たちなので、みんないろいろなんです(笑)。でも、歳をとればとるほど、ムーミン谷じゃなくても事実は小説より奇なりだなと思いますね。四、五回結婚した人なんて現にいるわけだし。以前なら、そのまま小説に書いたらリアリティがないと言われるから結婚歴は二回にしておこう、と加減していたんですけれど(笑)、最近はもう、いけるところまでいっちゃおうと思うようになりました。だから登場人物が増えてしまうのかもしれませんね。どこまでいけるか試してみたいところがあります(笑)。













