自分の道は自分でつくっていい

菱田 私は中学校に3ヶ月しか行ってなくて、小卒なんです。小学校しか行ってなくて、中学校は3ヶ月だけ行って、あとの2年は不登校、3年目はリンゴ農家で働くというちょっと変わったことをしていて、高校に上がるタイミングでアメリカに2週間行って、向こうのフリースクールを見てきました。今から30年前の日本には「自分の取れる点数で、決まった道を歩きなさい」というような選択肢しかなかったんですけど、アメリカで「道は自分でつくっていいんだよ」ということを教えていただけるきっかけがあったんです。

それを聞いたのが16歳で、それ以来「自分らしい人生ってどう歩けるんだ?」ということでやってきています。

私みたいな何の学歴もない人間を受け入れてくれたのが、建築業界だったんですね。最初は大工以外のこともやっていたんですけど、19のときに60歳の大工の親方に5年間修行をつけていただきました。私は日本の義務教育は受けてないんですけど、日本の職人教育を受けたんです。

そこで一番大切なことは「精神性」でした。気遣いとか気を回すとか、どう生きていくかみたいなことを、親方に5年間叩き込んでいただけた。その方が第一の師匠ですが、その先の人生でも、その都度いろんな方が力を与えてくれました。

自分の人生は、明日なのか50年後なのかはわからないけれど、死が決まっていて、そこまでの道も決まっている。その道に必ず「私の会うべき人」が待ってくれていると思い込んでいるので、出会う方には誠実に向き合って、お力をいただくこともありますし、お返しできることはお返しする。そういう気持ちで生きていこうと決めています。

塚原 僕も出家したときはそうでしたけれども、人生の折々で巡り合わせがあって、その大きな流れに逆らわずに身を委ねてやってきたという点では、非常に菱田さんと近いところがあるのかなと思ったりもします。

その時々で大きな流れみたいなものに抗わず、なるべく大きな流れに身を任せて「自分のやりたいこと」を考えていくという姿勢。菱田さんと出会ってまだ2年ぐらいですけれども、その間に菱田さんの中でも色々な変化が現れたのだと思います。そういったところも見させていただいてきたなかで、「生きる姿勢」がずっと変わらず、それこそ中学生の頃から変わらずに来られているのかなと思いました。

Z世代起業家の塚原龍雲氏
Z世代起業家の塚原龍雲氏
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菱田 私が大工として初めて行った国はドイツなのですが、あれは2007年、28歳のときで、大きな人生の転機になりました。日本の「削ろう会」という職人の会があるんですけど、その会がドイツに飛び火して、日本から職人が7名、ヨーロッパ中から約80名ぐらい、合計90名ぐらいで「6メートル間口の日本の鳥居を手しごとだけでつくる」というプロジェクトが立ち上がり、そこに参加したんです。

木を切り倒すところから鉞ひとつで、電動工具は一切使わない。現代の大工が使わなくなった工具を使うヨーロッパの職人たち、なかでもベルギーの職人は「アーティスト」と呼ばれ、その気迫、プライド、技術に感銘を受けました。

日本の職人とヨーロッパの職人の違いも感じました、たとえば鉋(かんな)という木を削る道具をとっても、日本人は包み込むように引くんです。海外は向こうに押し出すみたいな感じ。他にも材料に対する扱いとか、手道具に対する扱いとか、しごとへの向き合いかたみたいなところで、やっぱり日本の職人には独特の「気遣い」を感じました。ヨーロッパの職人にも精神性はありますけど、少し力で行くというか、スポーツっぽいというか。日本人は宗教的な感じです。

塚原 「ヨーロッパと日本」となると、かなり対極的なところも多いと思うのですが、同じアジアで同じルーツを持っている技術でも、全く違うなと思ったことがあります。ひとつ例を挙げると、漆塗り。漆の技術は中国から朝鮮半島を渡って日本に入ってきた技術も多いのですが、「それぞれの地域で何が違うんだろう?」と興味を持って、各国の美術館を回ったり、生産者さんや職人さんのところに行って、見せてもらったりしたんです。

そうすると、菱田さんがおっしゃっていたとおり、精神性とか思想とか姿勢とかが違うので、出てくる物も結構変わってくるんですよね。

中国の漆の作品って今でこそ繊細なんですけど、昔のものを見ると、大陸文化といいますか、かなり力強いんですよね。それが朝鮮半島に渡ると半島文化になっていくというか、すごく繊細になってくる。繊細微妙なものを表現されている職人さんが多くて、半島文化だなと思うんですけど、それが日本に来ると島国文化になっていくんです。自然へのありがたみを感じたり、自然を尊重する気持ちがあって、島国に暮らす日本人ならではの作風になってくる。

地震があって津波があって、自然には勝てないと思い知らされている、その自然観のもとでつくっていくモノ。日本は最終的な終着点だったので、大陸文化的な強さも持っていますし、半島文化的な繊細さも持ち合わせているんですが、やっぱり島国文化としての「自然に対する畏敬の念」みたいなものが現れている作品が非常に多い。

同じアジアであっても、つくる方々の姿勢、思想、その背景にある価値観が違ってくると、全くもって別なものが生まれてくる。僕は漆というものを通して、そういうことを感じていました。