演劇、建築の方法論と小説の親和性について
――おふたりの作品世界は、登場人物たちが持つ身体性の濃淡にも大きな違いがありますよね。激しいカメラワークで人物たちを追いかけているような臨場感が『カンザキさん』にあるいっぽう、『時の家』はロングショットで捉えた静謐な風景の中で人々が生きているような印象です。この身体性というものをどう捉えられていますか。
3号 身体のことはめちゃくちゃ意識してますね。とにかく人間の汗と匂い、それから筋肉のきしみ。これらを読者に伝えるため、細かく描き込んでいきましたから。
鳥山 主人公が冷蔵庫を運ぶシーンなんかは、彼が身体で感じている重量とか筋肉の疲労が乗り移ってくるみたいな読書体験でしたね。とてもじゃないけど、僕には書けない。そもそも身体性というものが、僕個人の体験と、あまり結び付きを持っていないからかもしれません。だから僕としては、それ以外の強みを自分なりに探さなければならなくて。それで身体性に置き換えられるものとして、「熱」と「水分」を採用しました。それらが引き起こす物理現象によって、家という存在が変化する。熱と水分を媒介した物理現象をひたすら書き綴ることで、家が何かを語るんです。
3号 熱と水分かぁ。おもしろいですね。建築士ならではの方法論っていうか。
――鳥山さんは建築と小説には何か関連性のようなものがあると感じていますか。
鳥山 書き手としては、小説と建築は非常に似ていると思っています。いまの僕が、一筆書きではなく、かなり構築的に物語を作っているのも、建築士の仕事から影響を受けているものだと感じています。小説と同じように建物もまた、いきなりシルエットを描くことができるわけじゃないんです。まずコンセプトを掲げて、ゾーニングと呼ばれる空間の配置などについて考え、やがて人が行き来する動線を考えていく。いくつものフェーズがあって、最後に細部の設計です。どんな材料をどのように使うのか。細かいところまで突き詰めていく。いまの僕の小説の組み立て方は、それと似てますね。文章表現の細かなところに力を入れるのは、本当に最後の最後の作業なので。
3号 確かに、一緒ですね。
――逆に、小説の執筆が建築士としてのお仕事に与えている影響はあったりしますか。
鳥山 それについては、もうちょっと分析してみないとわからないですね。ただ、建築について考えるうえでも、言葉ってすごく重要なんですよ。何かアイデアを出す際、形だけを提示してみたところで、誰もOKを出してはくれません。自分がイメージしているのがどんな建物で、どのようなコンセプトを内包しているのか。そしてその建物を利用する人々がどう変化するのかを、言葉で説明していく必要があります。そしてこの説明をする際に「物語」というものを添えてみると、納得してくれる人はぐっと多くなる。上司のOKをもらうため、僕はよくこの物語を立ち上げるんです。
――建築の世界にも物語が必要だということですね。
鳥山 ちょうど次回作で、公共建築をモチーフにして、プロポーザルをテーマに書こうと思っていて。
3号 プロポーザルってなんですか?
鳥山 公共建築を建てるときって、公平性を重視するために設計者を募集するんです。複数の設計者から提案を募って、そこから一番いいものを決めます。その競争において、どう物語を提示するかっていうのがポイントになってくる。一組の提案者にフォーカスしながら、プロポーザルの特殊なルールのこととか、お金のこととか、いろいろ描けたらと思ってます。
3号 へぇ、おもしろそう。僕の次回作はみんなをびっくりさせたいので正直、内緒なんですけど、少しだけ言うと保安員(万引きGメン)の話です。どうぞご期待ください(笑)。
――最後に、現在のおふたりにとって、小説を書くという行為はどのように位置付けられるものなのか、お聞きしてもいいですか。
鳥山 はい。僕にとって小説の執筆は、家族との生活、建築の仕事と並ぶ、大切な3本の軸のひとつです。この3本があるからこそ、僕という人間は成立しています。建築業界で働いているからこそ、こうして生活が成り立っているし、それは小説にも活きることになった。そして、生活があってはじめて小説を書くことができるし、創作が日常を豊かなものにもしてくれる。だからもしも執筆活動を手放してしまったら、僕は人間としてのバランスを欠いてしまう。学生の頃までは、その時々で夢中になっていることがあればよかったんですけどね。いまはこの3本の軸理論で生きています。
3号 僕はやっぱり、どこまでいっても劇作家なんですよね。今回の小説は2カ月間、集中して書いただけですが、戯曲は20年、毎日毎日、食事をするように考え、書き続けてきました。だからもし小説を書く行為を奪われたとしても、いまのところ僕は困りません。いまのところは、ですよ。でも戯曲が書けなくなったとしたら非常に困る。それだけ長い時間、考えて書き続けてきたということなんです。本当に僕のすべてなんです。だからいつか小説も、僕にとって書かなきゃならないものになったらいいな。堂々と、「小説家です」とも名乗れる日が来たらいいなと思ってます。
(2025.12.22 オンラインにて)
「すばる」2026年3月号転載
















