気に入らないメディアを排除し、直接支持者に語りかけるスタイル
気に入らないメディアを排除し、直接支持者に語りかけるスタイル。
高市総理の手法は、この世界的なトレンドとも合致している。この現象について、アメリカのジャーナリズム研究機関であるブルッキングス研究所から出された、興味深いレポートがある。
著者のトム・ローゼンスティールは、かつてトランプ大統領が登場した直後のメディアと政治の関係について、鋭い分析を行っている。ここで引用したい。
「候補者としてのドナルド・トランプは報道機関を悪魔化し、ソーシャルメディアを使って報道機関を回避し、選挙戦を運営する宣伝担当者を雇い、虚偽の発言をしては捕まるとそれを否定するというパターンを確立した。
(中略)11月以来、ジャーナリストたちはトランプ政権をどう報じるかについて公私にわたり思案してきた。しかし、おそらく問いを逆にして、『市民は今、報道機関に何を求めているのか』と問うべきだろう。
(中略)したがって、『ただ自分たちの仕事をすればいい』という古い格言は重要だが、不十分だ。単に良い記事を集めて報道するだけではもはや十分ではない。それらは、拡大する気晴らしの海の中で、かき消されるか沈んでしまうだろう」(『トランプ後のジャーナリズム論争が誤解していること』2016年)
「メディアが騒いでも、国民はついてきている」
政治家は、メディアを「回避」する術を完全に習得した。かつては、メディアに出なければ忘れ去られた。しかし今は、メディアに出ないことで、かえって神秘性を高めたり、不要な失点を防いだりできる。
高市総理大臣は、トランプ大統領のような乱暴な言葉遣いはしないかもしれないが、構造として同じ「メディア・バイパス(メディア抜き)」の戦略を採用している。
そして、それが成功していることは、先ほどの驚異的な支持率が証明している。
国民の多くは、NHKの討論番組で汗をかきながら弁明する総理大臣を見たいわけではないのかもしれない。あるいは、野党との不毛な言い合いにうんざりしているのかもしれない。高市陣営は、そうした国民の空気を敏感に読み取っている。
「メディアが騒いでも、国民はついてきている」
この確信があるからこそ、堂々とカメラの前から姿を消すことができるのだ。消費税減税のような、議論が割れそうなテーマには触れない。保守層が喜ぶテーマも、選挙中は控えめにする。とにかく、波風を立てない。
静かな水面のように選挙戦を進め、気がつけばゴールテープを切っている。これを「卑怯」と呼ぶのは、負け犬の遠吠えであろう。
もしあなたが「説明から逃げるリーダー」に不安を感じるなら、方法は一つしかない。テレビの前で文句を言うことでも、SNSで悪口を書くことでもない。投票用紙に、別の名前を書くことだ。













