「なんか飛んでいった」1000万円

スーパーの手取りは健康保険や厚生年金を差し引いて月14万円。月7万円の住宅ローンは72歳までかかる。しかもIさんの妻は数年前から難病にかかっていて、その心配もある。

頼みの退職金は、あっという間になくなったという。

「この数年で1000万円なくなりましたね。妻の医療費? いや、そういうわけでもなくて、本当になんか飛んでいきました。大きな出費と言えば、家のリフォームくらいですが、なーんか飛んでいきました」

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)
すべての画像を見る

Iさんは破れかぶれに言った。長年勤めた会社を退職した後に、1000万円ほどをいつの間にか使い切ったというケースは何度か耳にした。収入が激減しているのに、生活レベルを落とせないことが原因になっているのだろう。

Iさんは最近スーパーで、豆腐や納豆など、和食売り場の品出しと、清涼飲料水の品出しも担当するようになった。

「ペットボトルは重いですよ。1.5リットルや2リットル入りのペットボトルが6本入っている段ボールや、200ミリリットルが24本入りの段ボールを台車に載せて運びます。夏場はかなりペットボトルが売れるので、それを10往復くらいする。重いですし、きついです。私と同じ60代の男性パートの人は、ヘルニアになりました」

Iさんはボソリとつぶやく。

「今思えば早期退職を受け入れずに、もとの会社で我慢していればよかったかな……」

文/若月澪子

『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』(朝日新書)
若月 澪子
ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか
2025/11/13
957円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4022953421

やりがいか? 搾取か?
シニアワーカーの過酷な実態に迫る! 

年金だけでは暮らせず、働き続けざるを得ない高齢者が増えている。

とくに、大人になっても自立できない子どもを支える「終わらない子育て」が、シニアに厳しい労働を強いる要因の一つになっている。

背景には、個人と家族に過剰な負担が集中する社会構造がある。地域や共同体による支援が希薄になり、制度も十分に機能しない中で、高齢者は孤立しながら働き続けるしかない。

『副業おじさん』で話題を呼んだ労働ジャーナリストが、21人の高齢労働者に密着取材。やりがいと搾取の狭間で揺れる姿を通して、現代日本が抱える「見えにくい貧困」と「孤立の構造」に鋭く切り込む。

「働く高齢者」の実像に迫る、渾身のノンフィクション!

amazon