のちの世界的スターを待っていたまさかの光景

初来日のカーペンターズは、7月22日に『遙かなる影(Close to you)』が全米チャートで1位になったばかりで、続く『愛のプレリュード(We've Only Just Begun)』もヒットし、アメリカでは最も旬で有望な若手アーティストだった。

ただし、日本ではまだほとんど名も知られていない状態だったので、来日したのは、リチャードとカレンのほかにはバンドのメンバーとマネージャーだけで、いつも一緒に仕事をしているステージ・クルーは同行していなかった。

『遥かなる影』『愛のプレリュード』も収録されているアルバム『シングルス 1969-1981』(2014年6月11日発売、UNIVERSAL MUSIC JAPAN)のジャケット写真
『遥かなる影』『愛のプレリュード』も収録されているアルバム『シングルス 1969-1981』(2014年6月11日発売、UNIVERSAL MUSIC JAPAN)のジャケット写真

20日は大型イベントの第1回目で初日ということもあって、大幅に遅れて開演した。終演予定は21時だったが、カーペンターズに舞台が用意されたのは22時をまわっていた。

ステージ上では、メンバー自らがセッティングするという状態だった。キングレコードの担当ディレクター、寒梅賢氏がこう回想している。

「ステージングを見ていた私のところに、『カレンが呼んでいる』との声がかかり、飛んで行ったところ、ドラムスのセッティングを手伝って欲しいとの頼みでした。二人で金づちを持ち、創り上げました。楽しかった」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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だが、楽しいのはそこまでで、それからは悪夢のような体験になったという。

8000人ほどいた観客は、世界歌謡祭を見に来た一般客と、協賛企業に関わりのある人たちだったが、「カーペンターズ」の名前を知っている人がほとんどいなかった。

「確かではありませんが、カーペンターズの音が出たのは夜10時半過ぎ。恐ろしい光景が始まりました。今では考えられませんが、カーペンターズの演奏が始まった途端、お客が帰り始めたのです。帰りの電車のこともあったのでしょう。私はその時、ステージ横にいたのですが、ステージからは武道館の階段を出口に向かって歩くお客の後ろ姿しか見えません。長く音楽業界に生きてきて、一生に一回の経験でした」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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しかし、そうした屈辱を味ったにもかかわらず、カーペンターズのライヴは見事なものだったという。彼らは自分たちが日本に来た真の目的を忘れずに、最悪ともいえる状況の中で、全力を尽くしたのである。

「ほとんど帰ってしまったお客の他に、音楽業界のオピニオン・リーダーたちがいました。音楽評論家、ラジオ・ディレクター、TVディレクター、日本のミュージシャン、作曲家、アレンジャーの先生方です。皆の想いは一つ。レコードであの完璧なサウンドがライヴで実現できるかどうか、でした。リチャードは素晴らしかった。あの音がしっかり出ました」

寒梅氏はその日の体験で、「日本でナンバー1にして見せる。一人も帰らない武道館コンサートをやってみせる」と、固く決心したと述べている。