腕組みに表れている成り上がる物語
このことは現代日本におけるラーメンの発展ともどこか似ています。
かつては、取るに足らない食べ物、安くて腹一杯になることだけが取り柄の気楽な食べ物でしかなかったラーメンの、地位向上を果たすための熱意が、あの腕組みには表れています。
黒タオルを目深にかぶるそのシルエットに、僕はヒップホップ的なファッションからの影響も感じます。ラーメン屋さんにはそもそもガタイの良い人物が少なくなく、そういう人ほどあのスタイルはよく似合います。そんな彼らの姿は、あたかもギャングスタ・ラップのMCのよう。これもまた社会の中で成り上がる物語の象徴に見えます。
そういう世界観の中で、ラーメンの文化が男性的な方向に傾いていったのは、ある意味必然だったのかもしれません。
それは今の時代の流れとやや逆行するだけに、数少ないチャンスの場として光り輝く。社会的な成功を目指す時に、一般的な就職や起業とは異なる、より開かれた入り口として魅力的な世界でもあるのでしょう。
だから現代のラーメンには、常にどこかマチズモ的なイメージが付き纏います。努力、忍耐、根性、こだわり、競争、そして覇権争い……それらがラーメン業界の発展を促してきたのもまた間違いないところでしょう。
僕はよく、「カレー屋さんの店主とラーメン屋さんの店主って、なんかずいぶん雰囲気が違いますよね」という話題を振られることがあります。そういう人はその違いがなぜ生まれるのかおおよそ見当は付いている上で、当事者でもある僕から予想通りの見解を引き出して納得したいと思っているように見えます。
そういう時、僕は簡潔にこう答えます。
「ラーメンの人たちは成り上がりたくて、カレーの人たちは世捨て人になりたいんでしょうね」
もちろんそんな単純な話でもないでしょう。こと最近では、ラーメン屋さんでも自己実現が主眼となる人もいれば、カレー屋さんでも純粋にビジネスとしての成功を目論む人もいる印象です。
そういった複雑な想いが入り混じっているのが人間というもの。しかし大まかな傾向として、僕の答えはそう大きく外れていないとは思います。













