「誰からも取れる公平な税」の落とし穴
「消費税は犯罪者からも外国人からも取れる」という言い方がされることがある。しかし、それは裏を返せば、誰に対しても責任を取らなくてよい税ということでもある。
所得税や法人税は、景気が悪化すれば税収が減り、政治に緊張感が走る。財界からの批判も浴びる。かつての政治は、経済成長こそが税収増につながるため、政治家も経済対策を疎かにできなかった。必死に経済対策を考えたのだ。
ところが、不景気でも税収が安定する消費税を手にした瞬間、政治家は露骨に経済よりも得票対策を優先し、官僚も歳出削減を後回しにするようになった。消費税は、政治と行政を同時に甘やかしたのである。
経済面での問題も深刻だ。所得の低い層ほど消費性向が高いため、消費税は低所得層の需要を直撃する。内需がGDPの約7割を占める日本では、消費の冷え込みはそのまま経済全体の縮小につながる。さらに、区分記載や仕入税額控除などの事務負担は、特に小規模事業者に重くのしかかる。
本来、賃上げや設備投資に回るべきリソースが、税務処理に吸い取られているのが実情だ。
「付加価値税が高い欧州は成長している」という反論もある。しかし、欧州諸国の多くは外需依存型経済だ。アイルランドでは輸出がGDPの120%、ハンガリーで80%、スウェーデンでも45%を占める。一方、日本は内需がGDPの約70%を占める典型的な内需国である。
欧州では国内消費が鈍っても外需で補えるが、日本では消費が冷えれば、そのままGDPが冷え込む。税率が高いから成長しているわけではない。
社会保険料が重いのは事実だ。保険料は下げるべきである。しかし、保険料を下げる前提として、それ以上に深刻なのは、社会保障改革が一向に進まないことにある。
政治家は選挙で落ちることを恐れ、自己負担引き上げや給付削減から逃げ続けてきた。その逃げ道が赤字国債であり、その担保が消費税だった。
この構造を端的に示したのが、米山隆一衆議院議員の証言である。
「消費増税をしていたから、コロナ禍で何百兆円もの国債を発行できた」
この発言が示す通り、消費税は政治家にとって“利害調整や歳出改革から逃げるための魔法のカード”として機能してきた。
いくら社会保険料を下げても、消費税という担保が残る限り、政治家は歳出削減をしない。ただ赤字国債と消費税が増えるだけだ。だから順序が重要になる。まず消費税を減税し、赤字国債という逃げ道を狭め、政治家を歳出削減と社会保障改革の議論に追い込む。
停滞する政治改革の第一歩は、まさにここにある。













