「差し違え」が連続した名勝負

で。この貴ノ花戦を北の富士さんに尋ねたことがある。

コロナ前の夏場所中のことだった。

「おお、懐かしいねえ」

テレビの解説席に入る直前、和服姿の北の富士さんが1枚の写真をのぞき込んだ。

1972年初場所中日、のちに大関に昇進する貴ノ花との一番だ。土俵中央で、北の富士が右足を相手の左足にかけ、体を浴びせた。貴ノ花は弓なりにのけぞりながら振ろうとする。この時、北の富士が伸ばした右手が、崩れ落ちる貴ノ花より先に土俵についた。

2人が折り重なって落ちる時、上の力士が先に手をついたら、その力士の負け―になる時と、ならない時がある。

自分が顔から落ちるのが怖くて手を伸ばしたのなら、「つき手」で負けになる。だが、下の力士を押し潰してけがをさせないよう手を伸ばしたのなら、「かばい手」として負けにはならない。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)

行司軍配は貴ノ花。北の富士の右手を「かばい手」ではなく、「つき手」とみたのだ。しかし、物言いがつき5分に及ぶ協議の末、一転、北の富士の勝ちとなった。

軍配を差し違えた25代木村庄之助が引退に追い込まれたこの一番は、ファンも巻き込む「つき手・かばい手論争」に発展した。
2ヵ月後。春場所7日目に両者が再び顔を合わせた。

「相手は当代きっての人気力士でしょ。応援は貴ノ花一色。完全にアウェーだったよ」

北の富士さんは生前、そう語っていた。

その一番。北の富士が再び左外掛けで寄っていき、浴びせ倒した。軍配は北の富士。だが―。再び物言いの末、今度は北の富士の「勇み足」で貴ノ花の勝ちとなった。先述の金星の一番だ。

写真/Shutterstock
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私が驚いたのは、翌日の朝日新聞の見出しだ。

《貴花“足”でお返し/また差違え、北富士破る》

とある。

「足でお返し」と書くだけで、2ヵ月前の一番まで読者に伝わったのだ。そして、繰り返された行司軍配差し違えを「また」と書いても通じたこの見出しが、当時の大相撲人気を物語っている。

「いい時代に土俵を務めさせてもらったよ。でも、あれはかばい手だよ」と北の富士さん。一方、元貴ノ花の二子山親方も生前、「ワシはまだ横に振れるという感覚を持っていた」と著書に記し、一歩も譲らなかった。真後ろに落ちる体勢から、まだ技を出せたというのだ。

伝説の一番から、半世紀が過ぎた。そして、貴ノ花も北の富士も、もういない。

文/抜井規泰

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抜井 規泰
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