ビジネスの場を「土俵」と思え

私たちはビジネスシーンにおいて、得意とはいえない分野や人と対峙し、自分の立場や主張を表明しなければならないこともあります。いつも周りが理解者や勝手知ったるフィールド、というわけにはいかないのが難しいところです。

力士もこのような状況に遭遇することがあります。

「土俵に立てば歳もキャリアも関係ない」と話す関係者は多いのですが、完全にフラットな状態で臨めるかというとそうでもありません。

格上の力士と戦うときはその最たるものです。

たとえば立ち合いの仕切りでは、格上力士の間合いで進んでしまうことが散見されます。
キャリアに差があると相手力士に先に手をつかせて、格上のほうが自分の呼吸と間合いに持ち込むケースも多く見られます。

こうなると格下力士は格上に吸い込まれ、自分の相撲を取れません。

そうならないためにも、本場所で対戦の可能性がある力士のクセを事前につかんでおき、巡業などの稽古の場で前もって体感しておくことも大事です。

また、相手に慣れておけばメンタルの面で気圧(けお)されるということもいくばくかは防げるのではと思います。本場所で面食らう前に相手の手の内を知っておき、そして体感しておくことで、少しでもアウェイになる部分を減らしておくのです。

強い力士は、初めての対戦相手との取組前は出稽古(ほかの部屋に赴いて稽古すること)をして、相手の技術を丸裸にすることもあると聞きます。

元横綱・白鵬はなぜ、全身にケガを負っても勝ち続けることができたのか

実際に過去の名力士でいうと、白鵬や千代の富士といった大横綱は昇進してきた力士の元に出稽古に行くという話が残っています。この種のエピソードで真っ先に挙がるのが大横綱であるというのは、一見意外に思えるかもしれません。

元横綱・白鵬
元横綱・白鵬
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しかし、誰よりも稽古に打ち込み、誰よりも勝利への執念を持っていたからこそ、彼らは長く最高位に君臨し続けることができた―そう理解することもできるのではないでしょうか。

特に現役終盤の白鵬は、インサイドワークを駆使して勝利を重ねていたとされます。その代表例が、張り差しやカチ上げといった攻撃的な立ち合いによって、相手の動きを封じる戦略でした。

ファンの中には、こうした白鵬の取組を観て「ずるい」と不満を漏らす人もいました。しかし、これらの技は失敗すると脇が大きく空いてしまい、一瞬で命取りになる危険もともなっています。

白鵬が実に興味深かったのが、それらを使う相手を限定していたことにあります。つまり、出稽古によって足を止められる力士を見極めて、さらにはそのタイミングに至るまでを学習していたからこそ、決めることができたのです。