日本語はムツカシイ
モンゴル力士のパイオニアである元旭天鵬の大島親方は、1992年に5人のモンゴル人の仲間とともに角界に飛び込んだ。入門した大島部屋では日本語を早く覚えさせようと、「モンゴル語を話したら罰金」を科した。
「兄弟子のいない所で、仲間とモンゴル語を思いっきり話すのがストレス発散だった」と大島親方。だが、ささやかな楽しみもバレてしまった。
「仲間がモンゴル語を話したことを密告したら、たまった罰金をもらえる」という新ルールが設定され、誰もモンゴル語を話せなくなってしまったという。
「おかげで、すぐに覚えたよ」
その後、日本国籍を取得し、日本人の妻と結婚した大島親方は、いま日本語で夢を見ている。
言葉がわからないうちは、兄弟子からいじられる。大島親方の昔話に、思わずふき出した。
新弟子は決まって、よその親方や関取衆から「頑張れよ」と激励され、肩をたたかれる。兄弟子から、「よその親方たちから『頑張れよ』と言われたら、必ずこう返事しろ」と命じられたそうだ。
「オマエもな」
そう返された親方も関取も、みな笑っていたそうだ。
「いま思えば、冷や汗ものだよね」
日本の歌を1曲好きになり、カラオケでそれを歌い、歌詞を書いて覚える外国人力士も多い。いまや毎朝、一般紙の社説にまで目を通す元鶴竜の音羽山親方も、そうやって読み書きを覚えたそうだ。
日本人女性と親しくなれば言葉を早く覚えられると教えられ、街に繰り出した力士もいる。演歌で覚えた口説き文句は、「僕と道連れになってください」―。以前その話を尋ねると、「何で知ってるんですか!?」と慌てた元横綱鶴竜。
文/抜井規泰













