外国人力士が苦しむ日本食

外国人力士が土俵を席巻しているのは、様々な困難を乗り越えてきたからだ。

言葉の他に、来日の瞬間から「死活問題」として立ちはだかるのが、文化の違う食べ物だ。和食になじむまでの涙ぐましい格闘の日々を振り返ってもらうと……。

ブルガリア出身の元大関琴欧洲は「お米がダメでしたねえ」。米は母国でも食べられてはいるが、「砂糖をたっぷりまぶしたヨーグルトに入れて食べる『デザート』ですから」。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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しかし、大相撲の新弟子の食事は「ちゃんこの残り汁と冷や飯」が、お約束だ。どうしても食が進まず、体を大きくするのに難儀したという。

食事をする上で大変だったのは、意思疎通。日本とブルガリアでは、「はい」と「いいえ」で首の振り方が逆だった。「直すのに、ずいぶん苦労しましたね。『食べる?』と聞かれて(はい、のつもりで横に)首を振ったら、お皿を下げられてしまいますから」

ほとんどの外国出身力士が苦手な食材の筆頭に挙げるのが、魚だ。

日系3世のブラジル人だった魁聖(現友綱親方)は、父方の祖父母が日本人だったため、箸の使い方には慣れていた。

「でも魚は食べたことがなかった」

特に、鍋や煮魚が苦手だとか。

例外はあるらしい。思い出したように、こうつぶやいた。

「何だっけ、九州場所で食べる……アラだ、アラ。あれは大好き」

アラは、高級魚クエの別名だ。横で聞いていた付け人がボソリと「それ、ぜいたくなだけでしょ?」。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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魚で最も苦労した力士は、モンゴル出身の元関脇旭天鵬ではないだろうか。

死んでも目を閉じない魚は、母国では神聖な生き物。しかも祖父が僧侶だったといい、「(魚が泳ぐ)川で立ち小便なんかしようものなら、めちゃくちゃ怒られた」という。

「日本に来てすぐ、後援会の方から座敷に招かれ、出てきたのが『活け作り』だよ。泣いた。マジで」

今では魚が大好物だが、食文化の違いを乗り越えるには「慣れるしかねえな」。

ジョージア出身の元小結臥丸は、現役時代からすっかり和食に慣れていた。やはり最初は魚に苦労したが、「もう大好き」。しかも、朝稽古の後のちゃんこで必ず食べていたのが納豆だ。「素晴らしくおいしい。つい、ご飯を食べ過ぎちゃって」。

現役時代の悩みが、増えすぎた体重だった。ついに200キロの大台を超えて212キロとなった時には、「この目方は人としてどうかと思う。日本食がおいしいのがいけないんです」と肩を落としていた。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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外国出身として初の関取となり、優勝力士にもなった関脇高見山の元東関親方が語る。

「外国人は体が大きいだけじゃなく、スポーツ経験も豊か。しかも来日する時から言葉や文化、食の違いを乗り越える覚悟で来るんだから、そりゃ強いですよ。どれくらい強いって?ニバーイ、ニバーイ」。

あとは、関西では食べられない人も多い納豆。多くの師匠は、こう言って食べさせる。

「薬だと思って食え」。

気合と根性で克服し、臥丸は納豆が大好物になった。元横綱鶴竜の音羽山親方は「おかめ納豆」の大ファンだ。他の納豆とは、タレの味わいが違うそうだ。

ただ、食べ物は鼻をつまんで何とかのみ込むことができたとしても、言葉の壁は険しい。 外国人力士はどうやって日本語を覚えるのか。日本語学校に通って―といった勉強ではない。兄弟子たちとの集団生活の中で覚えていく。