27歳で初当選、これからも「使っていただく」

27歳で初当選した際は、当時の最年少議員でもあった鈴木議員。それだけでなく、防衛大臣政務官を始めとして、外務副大臣など、最年少で就任したという記録をいくつか持っている。この件について歯がゆく思っているのは当の本人だ。

「“最年少○○”言うのはあくまでも記録、タイトルにすぎません。そして、“鈴木宗男の娘”もまた同じ。そのタイトルから『多分それなりに馬力があるだろう』っていうイメージも持たれるわけです。そんな期待に応えるのはもちろんですが、鈴木宗男の政治家人生だけが正解ではない、ということも証明していきたい。

政治家としてみなさんにいつまでも使っていただけるように、『鈴木貴子と言えばこの仕事をした』『あの人だよね』という、人の記憶に残る仕事をして、記録よりも記憶に残る政治家でありたいですね」

そして、こうも付け加える。

「子どもたちとは、一緒にいる時間は少なくても、人のために働く姿を見せていきたい」

インタビューの最後、再びお子さんの話に戻った。

3年前の七夕で、長女が短冊に書いた願いごとは《あかちゃんをうむときにいたくありませんように》だったという。

「私がさんざん『痛みは忘れるけれど、それは違う。本当に痛い思いをして産んだんだから!』って語っていたものだから、それが強く印象に残っていたんでしょうね」

笑いながら、でも優しい目で語る鈴木議員。

「でも、産むことは前提なんですよね。どんな人生が待っているかわかりませんが、家族や大切な人に出会える人生であって欲しいと願っています」

政治家として、母として。鈴木貴子は今日も、人の幸せを素直に喜べる社会を目指して歩み続けている。

議員として、母として熱い想いを語った鈴木貴子議員 撮影/齋藤周造
議員として、母として熱い想いを語った鈴木貴子議員 撮影/齋藤周造
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取材・文/木原みぎわ 撮影/齋藤周造