土着の葬法を変えた毛沢東

中国の場合は、社会主義国家の方針として火葬が選択された。だが、農村と都会の間ではまだまだ差があり、農村部では土葬、都市部では火葬が一般的だ。それでも、しだいに農村部でも火葬が普及し始めており、中国民生省は2021年末時点で国内の火葬率が59%であることを明らかにしている。

中国の葬儀は韓国同様、儒教の影響を長年受けてきた。故人を華やかに送り出すのが伝統で、親類縁者に近所の人など大勢の人間を集めて酒と料理を振る舞う。特徴的なのは「紙し銭 せん」に何枚も火を付けて弔うこと。

正式名称を「冥府紙幣」というが、あの世で豊かな暮らしを送れるように、一束100枚の紙銭が数元(1元約20円)で売られており、それに火を付けて燃やし、「地獄の沙汰もカネ次第」とあの世の故人にカネを送るのである。土葬、爆竹、悲しみを代弁する「泣き女」、長々と続く酒席の通夜、そして紙銭……中国共産党はこうした土着の葬法を、毛沢東主席の指示で変えたのだ。

中国の人民元紙幣に印刷された毛沢東(PhotoAC)
中国の人民元紙幣に印刷された毛沢東(PhotoAC)
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中国共産党の幹部は、1956年、「自ら望んで火葬し、死後に遺体を残さず、墳墓を作らない」という『唱儀書』にサインをし、新しい葬儀スタイルの確立を目指した。それが殯儀館利用の葬送である。殯儀館とは、追悼会用のホールと火葬炉が一体となった施設。人が亡くなると死亡が確認された時点で、追悼の儀式と火葬のために殯儀館に連絡を取って予約をする。主に病院の霊安室から運ばれた遺体は、洗浄や防腐措置、化粧を施して、遺族に付き添われながら、2日〜3日後の追悼会を待つ。

当日の式典は弔事から始まり、関係者の挨拶の後、献花をもって故人に別れを告げる。この間、長くても40分程度で、火葬炉に運ばれて焼却される。火葬が終わると遺骨は「骨こっ灰 ぱい盒ごう」と呼ばれる骨壺に移され殯儀館に一時、預かってもらった後、墓地へ納める。一切の宗教色を排し、システマティックに葬送が行われる。

文/伊藤博敏

『火葬秘史 骨になるまで』(小学館)
伊藤博俊
『火葬秘史 骨になるまで』(小学館)
2026年1月15日
1,980円(税込)
320ページ
ISBN: 978-4093965583

語られざる「火葬」のタブーに迫る渾身作

日本中が将来の右肩上がりの成長を信じていた昭和の時代、葬儀は、参列者の数を競うような壮大なスタイルで行われていた。しかしバブル経済の崩壊、そしてそこから続く「失われた30年」を経て、人の尊厳を守り、生きてきた証を残すはずの弔いは、急速に簡素化が進んでいる。

《そんな傾向に抗する気持ちが、私は年々、強くなった。人間だけが行う「葬送」という文化が失われていいのか。皆で弔い両親や先祖に畏敬の念を持って接する場所(墓)を確保する習俗は、後世に残すべきではないのか――》(「はじめに」より)

筆者の問いは、ここから始まる。

本書では日本人が「死」と「弔い」にどう向き合ってきたのか、その歴史と変遷を振り返る。さらに、そのダイナミックな時代の動きの中で暗躍した人々の生き様をたどる。

古代から続く「ケガレ」の思想と、「キヨメ」を担った人々。
「肉」と「火葬」という二大タブーを逆手に取って富と権力を手にした、明治の政商。
戦後の混乱と復興を象徴する、昭和の怪商。
争奪戦を制した、中国人経営者――

圧倒的な取材力を持つ筆者が、語られざる“タブー”に迫る。

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