被災地の遺体を引き受けた東京の火葬場
東京23区には九つの火葬場があり、瑞江は東京都が運営する唯一の火葬場だ。火葬炉は20基で、1日の火葬件数は25件だったが、緊急時ということで扱い体数を増やし、受け入れ時63の手配や手順を簡略化し、扱い時間と作業人員を増やすことで、1日最大80体の火葬を取り扱う態勢を整えた。
結果的に東京都は、4月3日までを第1回とし5月2日までの最終第5回までに165体を引き受けて火葬にした。当初の引き受け予定数500体を下回ったのは、遺体選別時の混乱に加え、遺体搬送車を手配できなかったことが大きかった。瑞江葬儀所に少し遅れたものの、搬送車を確保することで扱い遺体数を増やしたのが東京博善である。
東京博善は全国の1400カ所あまりの火葬場の大半が公営であるのに対し、23区内の6カ所に火葬場を持つ民間大手だ。明治20(1887)年創業で、日本の火葬史を語るに欠かせない企業である。
東京博善では六つの火葬場に最新鋭の火葬炉を数多く備えて稼働に余裕もあることから、浅岡眞知子社長(当時)以下、経営幹部から一般社員に至るまで、「我々の火葬炉で被災地支援はできないか」という声があがっていた。その思いは、宮城県警本部から四ツ木斎場(葛飾区)にかかってきた一本の電話で具体化する。
3月21日の深夜だった。対応に当たったのは元常務の川田明。入社以来、火葬業務のあらゆる部署を経験し、全火葬場の斎場化に向けたリニューアルも担当した。2020年6月に退任し、現在は火葬コンサルタント「川田事務所」を経営する。川田が振り返る。
「電話を受けたのは、夜勤に入っていた宿直担当者でした。翌日報告を受けて、私が県警に連絡したんです。すると『遺体がたくさんあるが、現地の火葬場はひどい損傷を受けている。そちらで火葬できるか』ということでした。中には『検死して遺族と連絡を取ろうにも身元不明で連絡が取れない遺体』もあるという。
火葬炉に余力があったので火葬すること自体に問題はなかったのですが『搬送をどうするのか』と聞くと、『生存者の捜索などで車両も燃料もままならない。遺体を引き取りに来てもらえないか』という要請でした」
交通網が至るところで寸断され、燃料供給もままならない地に遺体を引き取りに行くというのだから難題である。金銭的・物理的な負担も決して少なくない。そこで社内で論議を重ね、東京都とも協議をし、東京博善が遺体搬送車両の製作と搬送業務を東京都から委託受注するスキームとなった。













