外交でも日本の存在感は希薄になる一方
しかし、冷静に実績を見つめ直せば、看板に掲げた「保守」のメッキは剥がれはじめていることに気づくはずだ。
保守とは何か。それは、国益を最優先し、歴史と伝統を重んじ、国家の威厳を守り抜く態度のことではないか。だが、首相就任以来、高市氏は靖国神社への参拝を見送っている。総裁選前にあれほど勇ましく語っていた信念は、権力の座に就いた途端、どこかへ消え失せたようだ。
外交においても、日本の存在感は希薄になる一方だ。米国ではトランプ大統領が再登板し、中国との貿易交渉をビジネスライクに進めようとしている。米中が頭越しに手打ちをするリスクが高まる中、日本外交は完全に蚊帳の外に置かれている。
高市首相の国会発言から、中国が大騒ぎをはじめた日中関係。当面、改善の余地はないだろう。全体の構図から見れば、中国の過剰反応に問題があるのは疑いようもないが、中国につけいれられてしまうような発言をした脇の甘さがあることは否めない。
深刻なのが、経済政策の迷走
そこからくる経済への影響は、やはり高市首相に責任の一端がある。そして何より深刻なのが、経済政策の迷走である。
高市首相は「責任ある積極財政」を標榜している。聞こえはいいが、その実態は、古色蒼然としたバラマキ政治への回帰に他ならない。
官僚が机上の空論で描いた産業政策に巨額の税金を投じ、効果の怪しい公共事業を積み重ねる。これは「投資」ではない。単なる「浪費」だ。
政府が赤字国債を発行し、市場に金を流せば、一時的に数字上の景気は良く見えるかもしれない。しかし、生産性の向上を伴わない通貨の供給は、通貨の価値を毀損し、悪性のインフレを招くだけだ。現に、円安と物価高は止まる気配がない。
実質賃金を見てほしい。2025年10月時点で、10ヶ月連続のマイナスを記録している。働いても働いても、生活は楽にならないどころか、貧しくなっている。政府が金を使い、余計な仕事を作り出せば作り出すほど、民間活力は削がれ、国民の購買力は奪われていく。
国民が心から望んでいることはシンプルだ。汗水垂らして働いた金を、勝手に奪わないでほしい。使い道のわからない補助金や、天下り先を潤すだけの事業に税金を湯水のように使うのをやめてほしい。つまり、「ムダ遣いの撲滅」と「減税」だ。













