低予算映画どころではなく「超大型プロジェクト」だった
ドキュメンタリー制作者は、「次元が違う人が編集に入ると、作品が格段に良くなるのは良くあること」と話す。ただ、そういう次元にいる立場の人にアドバイスをもらうのに必要なのは、金銭ではなく、人脈やツテであるという。
また、そういったレベルにいる人物ほど、作品にクレジットされることを嫌い、むしろ「クレジットはしない」という条件で動く場合もあるとした。その理由は、アドバイスをしてくれと無限に依頼されることを避けるためや、新人の邪魔をしたくないという配慮も働くという。
もっとも、伊藤作品には、彼女らの名前は共同編集・編集コンサルタントとしてクレジットされているため、アドバイス以上の実務的協業があったことがうかがえる。
『ナリヌワイ』と『アクト・オブ・キリング』と『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』に共通するのは、どの作品もロンドンを拠点にする同じ国際販売代理人会社(ドッグウーフ社)を通している点だ。伊藤詩織監督作品には、同社の役員が直々にセールスエージェントに就いているが、そういった人物であれば、強力な助っ人を紹介できたのかもしれない。
ドッグウーフ社は、過去30本以上の米アカデミー賞候補のドキュメンタリー作品を輩出してきた名門のセールスエージェントであるが、米国で映画知財を専門にする弁護士は、「『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』のリーガルチェックを担った法律事務所は、米国のトップティアのローファームである」と語り、ドッグウーフ社が作品を紹介し、その法律事務所の名前があれば、業界関係者の心証としては、確実に“その路線”に乗る、「必勝請負プロジェクト」として理解されるという。
そうして制作された作品をプロモーションする上でも、同作品には大きなマンパワーが注ぎ込まれていたことも、明らかである。
オンラインデータベースのIMDbによれば、同作品には、同年にオスカーを受賞した『ノーアザーランド』の約3倍にのぼる数のプロデューサー数がクレジットされ、「インパクト・プロデューサー」という他の作品では見かけないユニークな肩書きも並ぶ。
伊藤詩織監督は、作品と共に社会的インパクトを打ち出すため、世界的なキャンペーンを展開すると海外のインタビューで語っているが、それぞれの地域を開拓できる人物らが適切なアプローチを行なったことにより、ヨーロッパでの一般公開前に欧州議会で上映会を行うようなことが実現できたのだろう。
同作品は、伊藤詩織監督による自撮りのビデオ日記をストーリーテリングの一部に組み込むことで、当事者が友人と制作したアットホームなセルフドキュメンタリーと見える側面を保っているが、その実は、業界最高水準の専門性とマンパワーが掛けられ、製作・宣伝・流通のなされた作品であるといえるだろう。
公開から約2年で世界60の国と地域で上映をしたという勢いは、ドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダース監督が日本とドイツの共同制作を行い、主演の役所広司氏はカンヌで男優賞を受賞するなど世界的に高く評価された『PERFECT DAYS』の上映実績がロングランとなって90カ国という事実と並べると、よくわかるのではないだろうか。













