「販売権を譲渡したのは、24年の1月」という記録が語ること

しかし、それらを成し遂げた高度な専門性とプロフェッショナリズムは、作品を磨くことと、セールス・マーケティング・PR活動以外には向けられることがないようだ。

25年の6月、「映画が日本離発着のキャセイパシフィック航空の機内で上映されているという情報があるが、本当か。それはオリジナル版なのか」と伊藤詩織監督の代理人に問い合わせをした西廣陽子弁護士らに対し、映画の代理人弁護士は「伊藤氏は、本件映画の海外の配信に関し、全ての配給圏を配信会社に譲渡しているため、個別の上映については、把握していません」と回答をしたという。

確認をすればわかることと考えた西廣弁護士らがそのように求めたところ、すでに譲渡済みのためわからないという内容が、押し問答のような形で繰り返されたという。

ところで、譲渡後の作品の差し替えをすることは、どのくらい難しいことなのだろうか。映画関係者は、「必要な修正や差し替えは、売却後であっても不可能ではありませんが、基本的には信用問題にもかかわることなので、製作会社としては極力避けたいことだと思う」と説明する。

「ただし、絶対に差し替えが必要だということになれば、セールスエージェントであるドッグウーフ社を通じて各国の配給会社やその先の配信プラットフォームと連絡を取り、差し替え交渉をすることはできるはずです。

それで差し替えが実際に実現するかどうかは、関係性や先方の事情もあると思いますが。総じて、いったん素材を渡してしまった映画の素材の差し替えを行うことは、結構大変だけれども、絶対に不可能だということはないという感じです」

では、素材とその販売権が譲渡されたのは、いつなのだろうか。伊藤詩織監督の代理人弁護士が西廣弁護士の代理人に送ったFAXには、『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』が権利を譲渡したのは、2024年の1月と記されている。

伊藤詩織監督の代理人弁護士が西廣弁護士の代理人に送ったFAX
伊藤詩織監督の代理人弁護士が西廣弁護士の代理人に送ったFAX

業界的な常識に照らせば、2024年1月以降、現在から遡ること約2年前からは、「すでに差し替えは難しかった」というのが実際のところに思えるが、伊藤監督が公表した最新の資料によれば、映画制作チームは、作品の販売権の譲渡後であるにも関わらず、監督の不手際で確認が漏れてしまった西廣弁護士との電話音声シーンの削除をする姿勢であり、その対応について申し出たが、そういった要望がなかったから世界配信をしたと記されている(以下、参照)。

“この部分は私が西廣弁護士に事前確認をするのが抜け落ちてしまった場面であり、世界配信される前の2024年7月の協議の際から何度も謝罪をし、製作側から削除が可能である旨をお伝えしていましたが、削除のご要望はありませんでした。しかしその後、西廣弁護士が公にこの点について非難されていることから、当方の判断でこの西廣弁護士との電話のシーン自体を日本版よりカットしています。”(伊藤詩織監督のホームページより)

しかし、削除を求めた人物らは、他にも存在する。2024年10月の記者会見後、出演に同意をしていない女性が削除を願い出て、伊藤詩織監督に「最新版では削除する」と年末に約束されたが、2025年1月にアメリカのストリーミングサービスを介して同作品を視聴すると削除されていなかった、という点だ。

2024年1月の権利の譲渡後も、差し替え対応をする覚悟でいたのならば、なぜ、約束した差し替えを実行することがないまま、25年の夏にフランスで無修正のDVDが販売されたのだろうか。

矛盾は、映画制作サイドと西廣陽子弁護士サイドの間だけでなく、映画制作チームの言動の間に浮かぶ。