「眠んないよ~ん」

30分ほどすると真っ黒なさんまとやや疲れ気味のガースー黒光りこと菅が帰って来た。さんまが言う。

「参ったで~。菅くんには」
「え、何かあったんですか?」
「ホンマ、何もかもや。もう日が落ちてきて、ボールが見えなくなってきたんや。でも、最後の18番ホールまで来て、ピンも近くや。菅くんに聞いたんや『あと何ヤードや?』。すると菅君がやっとのことで答えたがなぁ~。『あと100ヤードだす』言うて。だから言うたんや『おまえは風大左衛門か!』てー」

風大左衛門とは人気漫画の「いなかっぺ大将」の主人公で、語尾の「──だす」が特徴の男の子。もちろんその真似をしたわけではなく、菅も最終日で疲労困憊、呂律が回らなくなっていたのだろう。

夜、街で食事をして郊外の別荘に帰る。ゲートが開いてもうすぐ館だ。車中でさんまが聞く。

「そう言えば、吉川君、動物園どやった?」
「いや、オーストラリアはコアラからエミュー(大型の歩く鳥)まで、珍獣天国ですね。とても楽しかったです」
「ところで、菅君はこっちで何か動物見た?」

とガースーに振ると、

「はい、先ほど車の前を横切ったヘッドライトに照らされたワラビー(小型のカンガルー)の尻尾だけは」

車内は爆笑となった。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

翌日は早朝出発なのに南半球雑談会は終わらない。夜中の1時半ごろ、さんまが背伸びしながら、

「あ~あ。もう明日帰国か。楽しかったなぁ」

さんまももう寝るのかと思い、我々は中腰になると、

「眠んないよ~ん」

と来て、トークは続く。

もう午前3時。さんまが言う。

「ほな、各自、部屋で荷物だけ詰めて、15分後集合ね」

どうやら、空港に出発する朝まで“徹夜トーク”を決め込んだらしい。

各自、自分の部屋に戻り荷造りを始める……うちにウトウト。ふと起きると小鳥の声。もう朝6時になっていた。我々夫婦が慌てて居間に行くとさんまがたばこを吸いながらアイスコーヒーを飲んでいる。

「あれから1時間、ブラックジャックやろおもうて、トランプ切っとったんや」

ふと気が付いてガースーの部屋に行った。ガースーは荷造りもしていない大型カバン・サムソナイトに覆いかぶさるように寝ていた。揺り起こして、皆で慌てて空港に向かい、飛行機の中で爆睡した。

それまで私も仕事でかなり過酷な海外ロケを経験してきたが機内食も食べずに9時間眠り続け、目が覚めたら成田というのは初めてだった。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

翌年も同じメンバーで明石家さんまの“南半球の館”に行った。

その翌々年の10月末にさんまがガースーと私に聞いた。

「今年はどないすんねん?」

私は「また、夫婦でお世話になります」と答えたが、ガースーはちょっととまどっているようだった。さんまが聞く。

「菅くんはどうする?」

菅がもじもじしながらこう答えた。

「実は、今年から家で大型犬のチャウチャウを飼っておりまして、その世話や散歩がありまして」

さんまは聞く間もなく、プッと噴き出し笑いながら言った。

「菅くん。つらいんやったらはよ言うてえな。それにしても、大型犬を飼うなんて手を誰が思いつくねん!」

チャウチャウ。写真はイメージです(PhotoAC)
チャウチャウ。写真はイメージです(PhotoAC)
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しかし、菅の気持ちもわかる。我々夫婦は買い物・観光と別行動の言い訳があるが、菅はさんまと起きている間、ずっと一人で密着しているのでかなり過酷な旅である。

吉川家も29年以上も続けてきたが、年々メンバーも増え、有名無名の人々が南半球に集った。

文/吉川圭三

『人間・明石家さんま』 (新潮新書)
吉川 圭三
『人間・明石家さんま』 (新潮新書)
2025/10/17
946円(税込)
192ページ
ISBN: 978-4106111037
怪獣ではない。でも、常人でもない。
驚異的なエネルギーと、恐ろしい程の貪欲さ。公私ともに三十五年を共にした著者が〝お笑いモンスター〟の実像に迫る。
「おもろないものは、いらん!」。人を笑わせることに関しては恐ろしいほどに貪欲で、70歳にして今なお第一線で活躍を続ける明石家さんま。率直な物言いと底抜けに明るい人柄には見る者すべてがひき込まれるが、どこか人間離れしたそのエネルギーの奥底にいったい何があるのか――番組プロデューサーとして長年、公私にわたって親交の深い著者が、豊富なエピソードとともに〝お笑いモンスター〟の人間像に迫る。
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