アナログ時代に愛用した筆と『銀金』の不思議な縁
『銀の海 金の大地』の物語は、淡海(滋賀)、そして佐保(奈良)を舞台に繰り広げられます。実はそこに、ちょっとした縁を感じるお話があります。
昔は、仕事をアナログでやっていたので、アシスタントさんに作業をしてもらうのに、仕事場にはベタを塗るための筆がたくさんあったのですが、大量に塗るものだから、筆がどんどんダメになってしまう。そんな時に、アシスタントの女性が、デパートの地方催事で見つけた筆がものすごく使い心地がいい! と絶賛して、「ぜひこの筆を仕事に使いたいから、仕事場で買ってほしい」と言うんですね。それで、その筆を見てみると、名前が「佐保筆」。奈良の筆だというので、実際に奈良まで買いに出かけました。奈良駅から筆屋さんに電話をかけたら、駅からまだ遠いからということで、わざわざお店の方が奈良駅まで筆を持ってきてくださったのを、二十本ぐらいまとめ買いさせてもらいました。
後になって「この筆の『佐保』って、どこかで聞いた名前だな……。もしかしたら『銀金』の、あの佐保なの?」と気がついて、じゃあ佐保彦たちはあのあたりに住んでいたの? と、筆と地名と物語と歴史が結びついてとても驚きました。しかも、それからしばらくして届いたファンレターに「私は結婚して佐保の筆屋に嫁いだのですが、先日萩尾先生がうちの筆をたくさん買ってくださったと聞いてびっくりしました」と書いてあったんです。これも不思議なご縁ですよね。仕事がデジタルに切り替わるまでは、ずっとその佐保の筆を愛用していました。
思春期の少女を励まし成長を促してきた「少女小説」
氷室さんといえば「少女小説の旗手」で、少女小説というジャンル自体、昔からありましたが、70年代に氷室さんが開拓した少女の描き方は、新しかった。女の子が明快で物おじせず、行動的。女の子が元気に頑張る物語を氷室さんはとても愛していらっしゃって、作家としての活動初期には、『若草物語』や『赤毛のアン』、『あしながおじさん』など、「あらゆる少女たちにこの物語を読んでもらいたい」と、アメリカでは「家庭小説」と呼ばれているジャンルの叢書出版を企画しておられましたね。日本の少女小説とアメリカの家庭小説には、思春期の少女の成長物語という点で通じるところがあるんですが、他の国はどうなっているのかなと時々思います。
そういえば、少女漫画家としての仕事で海外へいくと、必ず現地の方に訊かれる質問があります。「どうして日本には少女漫画と少年漫画があるんだ」というのです。「自分たちの国には、男が読みたがる漫画、女が読みたがる漫画はあるけれど、最初にジャンル分けはしない」と。逆に、日本ではジャンルが分かれているのが当たり前。文化的背景、歴史的背景、社会的背景が絡むお話なんですけれど、その違いは面白いですね。
氷室さんには、私の作品への解説をお願いしたこともあります。一九八八年に刊行された小学館叢書の『ポーの一族』第一巻の解説です。小説家の方に漫画の解説を依頼するなんていいのかしら、と、当時は逡巡もしたものですが、ものすごく丁寧に推敲を繰り返した原稿を頂戴して、『ポーの一族』への深い愛を感じて嬉しかったですね。
さらに、この解説について「中・高校生のころに、萩尾先生の作品を読めたのは、わたしの一生の財産です」「作家やってて、よかった! もう、このまま失業しても悔いはない!」というぐらいに感激した、ということを、後に刊行されたエッセイ(『ガールフレンズ 冴子スペシャル』コバルト文庫)でも述べてくださっていて、とても光栄でした。
だから、今回私が『銀の海 金の大地』に寄せた解説を、氷室さんはどんな風に読んでくださるだろう、本当は今も、そばにいて、私の言葉に耳を傾けていてくれるんじゃないかしら……と、しみじみ考えています。
90年代コバルト文庫で人気を博した、氷室冴子の伝説のシリーズ
『銀の海 金の大地』奇跡の復刊!
(装画:飯田晴子)
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