「春~spring~」はデビュー前に録ったデモテープの仮歌
――Hysteric Blueの代表曲といえば1999年にリリースされた「春~spring~」を思い浮かべる人が多いと思いますが、今だから話せる裏話や制作秘話はありますか?
裏話……(笑)。実は、翌年の夏に本番のレコーディングがあったんですが、私が夏風邪をこじらせてしまって声が出なくて。でもスケジュール的に、その日にレコーディングしないと間に合わない。じゃあどうしようってなった時に『そういえば仮歌の歌、結構良くなかった?』って話になったんです。実はあの曲だけ、仮歌を引っ張り出してリリースしたんですよね。実質デモテープで録った高校2年の冬休みのやつです。ちょっとエモい話でしょ?(笑)。
――そんなことがあったんですね!ちなみになぜ、「春」「~spring~」と同じ意味を2回タイトルに入れたのでしょうか?
「〜spring〜」は英語表記での春っていう季節の意味で思われている方が多いと思うんですが“spring”って跳ねるとか湧くとか、そういう意味合いもあるんです。
この曲は卒業シーズンの別れの曲ではありますが、“会えなくなって寂しいけど、これからみんな新しい道に進む。お互いに気持ちを沸き立たせていこう! 奮い立たせていこう!”という、前向きな別れの意味合いもあるんです。実はダブルミーニングなんですよ。
――その楽曲で一気に有名アーティストの仲間入りをしたと思いますが、当時の生活はどんな感じでしたか?
実は、上京準備すら追いついてなかったんです…(苦笑)。デビュー当初は大阪から通っていましたが、どんどん東京にいる比率が高くなっていって、大阪に帰るのがしんどくなってきて。
「春~spring~」が出た頃かなぁ…ぬるっと東京で一人暮らしを始めました。有名な音楽番組にたくさん出ているのに、家に帰れば家電がそろっていないというアンバランスな生活をしていました。
――まさに目まぐるしい毎日だったんですね。Tamaさんというとそのファッションやスタイリングなども注目を集めていましたが、何かこだわりがあったんですか?
メジャーデビュー当初はメイクも自前でスタイリストさんもいなかったんですよね(笑)。「衣装を3パターン用意してください」と言われて、休みの日に大阪の古着屋で自分でコーディネートして買ってました。それを両手に抱えて東京に行ってましたね。
3パターンならまだしも5パターン指定されることもあって『さすがに5パターンは無理!』となり、それも上京した理由の一つかな。


















